ここで逢いましょう *






その日は、とても暑い日だった。


……だから、その人が空から降ってきたように見えたとしても、きっと おかしいのは、あたしの目か頭の方なのだろう。

金髪のおかっぱ頭にハンチング。明るい色のシャツに派手なネクタイを締めたスレンダーな男。

ごしごしと目を擦っている あたしに目を留め、その男は大きな口の端を引き上げてニヤリと笑った。
  

…………悪い笑顔だ。


飲みかけの缶コーヒーの残りを一気してベンチから立ち上がり、その場から立ち去ろうとした あたしを引き止めるベタベタな関西弁。

「自分、就職活動中か」

あたしの着ているリクルートスーツを上から下まで無遠慮に眺めての科白。

「はぁ」

「この辺の子ぉやないんか?」

「家は、ここからバスで15分くらい先ですけど。どうしても入りたい会社が、この町にあって」

「そうか……」

あたしの返事を聞いた男は、何やらしばらく考え込んでから、また唐突に口をひらいた。

「この辺りな、多分 冬に『恐怖の しゃべくり大王』が降ってくんねん」
「へ?」


……恐怖の……しゃべくり大王…………?


ここ、笑うとこ?
 
思わず目の前の男をまじまじと見つめて、やっとの思いで答えを返す。

「……それ、あなたのことじゃないんですか?」

そう言った途端、男はいきなり激昂する。

「失敬な!そうやないねん!もっとアイツはなぁ、嫌味ったらしくて嫌なヤツやねん!だいたい……」

「あああ、わかりました!すみませんってば!」


……その誰とも知れない『恐怖の しゃべくり大王』の悪口を延々聞かされても困るし。


っていうか。それ以前に、今 空から降ってきた アナタ何者ですか。

不審者を見る目つきを取り繕うことをやめた あたしを、男は楽しげに見つめ返していた。



「なぁ、この町に無事に次の春がきたら、ごほうびくれへん?」

「は?」

「この町が、いつもどおり春を迎えられたら、俺らが『大王』を倒した、いうことや。そしたら、デートしてくれへん?」


…………ヘンなナンパ。


くすりと笑うと、彼は なんだか居心地悪そうな顔で、あたしの返事を待っている。

それが、『空に浮かんでいた彼を見てしまった』あたしを“消す”ための方便だとしても。


……信じてみるのも面白いかもしれない。


「いいですよ。春になったら、ここで逢いましょう」



   *   *   *   *   



年が明けて、春がきた。

あたしは、奇跡的に憧れていた会社に入社した。

例の公園は会社の近くで、昼休みはランチスポットになっていることを知る。



「春になったら、かぁ」

もう、桜も散っちゃうけど。


あの日と同じように缶コーヒーを飲みながら、ぼんやりと花びらが散るのを眺める。


と、不意に突風が吹いた。思わず、ぎゅっと目を閉じて、風が治まるのを待って……ゆっくりと目をひらく。


なんとなく予感していた。

「待ったか?」

いつのまにか目の前に立っていて、ニヤリと笑う男。

「遅いよー」


……そういえば、お互いに名前も聞いてないや。

でも。きっと、時間はいくらでもある筈だ。


初めて逢った時よりも、随分 晴れ晴れとした顔をしている彼を見て、理由もなく そう思った。



(2010.09.18. up!)



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