スキの秘訣 (匿名さまリクエスト)




かしゃん、と、そっと戻した筈のスプーンが思いのほか大きな音を立てる。

それを聞き咎めたかのように、ふっと顔を上げた深雪が俺の皿を見た。

「…………スタークって、もしかしてソレ苦手?」

皿の隅に四つ割にしたオレンジが2切れ。それを皮のみ残すに至っても、未だ放置されたままのニンジンのグラッセ……。

「…………」

「そうっ!聞いてよ、深雪〜!スタークのせいで、あたしがニンジン食べられない、って思われてるんだよー?……デカい図体してるクセに、子供みたい!」

ちょ……。

「ちげーよ!……その……甘いニンジン、ってのが、な」

「……そういえば虚圏にきてから、野菜って茹でたブロッコリとかグラッセにしたニンジンくらいしか見た覚えがないねぇ」

なんとなく口ごもる俺の科白に、ぼんやりと重ねるような深雪の科白。

「そうか……」

ぼつん、とこぼした呟きに次いで、グラスの水を飲み干して。……何やら考え込むように黙り込んでしまった。


    
    *    *    *    *



「おーう、これはこれは一番サマじゃねぇか。……マトモな従僕官を従えねぇと思えば、近頃は死神を囲ってんだってなぁ」

と、わざとらしく下卑た笑みを浮かべながらにじり寄ってきたヤミー。

御丁寧に、生のニンジンをバリバリとかじりながら。

…………ウゼェ。

「別に、リリネットも従僕官ってワケじゃねぇよ。その死神も……まぁ、客人みたいなもんだ」

「客だぁ!?」

無遠慮に叫ぶと同時に、唾と一緒にニンジンのカスまで飛んでくる。

……ホント、ウゼェな、こいつ…………。


それは、ある回廊での すれ違い様の、ほんの短いやりとり。

いつもなら、たいして気にもせずやり過ごす筈が、こんなにイラつくのは――


……やっぱり、深雪にガキみたいなとこを知られちまったのが堪えてんだな、俺。

…………まあ、アイツにしてみりゃ、いつもだらしないとこしか見てねぇ俺の欠点のひとつやふたつ、どってこたねぇ、か――



    *    *    *    *



「スターク!これ飲んでみて!」

自宮に戻った途端、勢い込んで詰め寄ってくる深雪。

その手に握られた背の高いグラスには、オレンジ色の液体が注がれている。

「スターク、オレンジは好きなんでしょ?綺麗に食べてあったから。でね……?」

「……オレンジとニンジンで、ジュースつくってくれた、ってワケだ。俺のために」

「う、うん。余計なことかも、って思ったけど、でも…」


先程のヤミーとのやりとりを思い出す。

……確かにプリメーラたるもの、苦手な食い物ひとつでイラついてんのは、あんまりカッコいいもんじゃないよなぁ…………。

尚も何事か言い募ろうとする深雪の科白の続きを片手で押し止め、グラスの中身をひと口 呷る。

「うん、旨い」

「ホ、ホント?」

「ああ、オレンジの匂いでニンジンの味もキツくねぇしな。しかし……」

最後の言葉に、不安そうな顔の深雪。その表情と“ソレ"の対比がおかしくて、思わずクスクス笑いが抑えられない。

「……お前も、料理は あんまり得意じゃねぇみたいだな」

「え?」

「頬にニンジンのカスついてるぜ」

……よく見れば死覇装も少し汚れているのも、俺のために頑張ってくれた証拠か。

「……ああ、取ってやるから動くなよ」

深雪の肩に手をかけ、その頬に顔を寄せて――頬にこびりついた小さなカケラを舐め取った。

「……す、スターク!?ニンジン苦手だったんじゃ……?」

あわあわと顔を赤くして騒ぎ立てる深雪に、ニヤリと笑ってみせて。

「お前のお陰で、克服できたみてぇだわ。ありがとな」

そう言って、わしゃわしゃと深雪の髪を乱してやる。


…………こんな顔が拝めるんなら、ニンジンのカケラのひとつやふたつ飲み込んでみせるくらいワケねぇさ。なぁ?


その後。こいつの手前、ニンジンは音速で飲み込む羽目にもなるのだが、それはまた別の話だ――


(2013.09.09. up!)



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