TRAP! (しらたまさまリクエスト)




……それは策略だったのだろうか。だけど――


「……あ、明里ちゃん。毎日、リリネットに付き合うて砂だらけんなって気持ち悪いやろ?お風呂、てワケにはいかへんけど、そこの給湯室に たらいと手拭い用意させとるさかい、自由に使うたらええよ」

スタークとリリネットが、“藍染サマ”の命令とやらで何処かに出掛けてしまってから、ほどなくして。音もなく現れた市丸隊長が、そう言ってニンマリと笑う。

「…………なんやの、その顔。ボクは、元部下が できるだけ不自由ないように思うて言うてんのに」

例によって例の如く、唐突に現れた市丸隊長の思惑を量りかねて次の言葉を考えあぐねていると、不意に軽く握ったゲンコツが額にコツンとぶつかる。

「あ……いえ、その……ありがとうございます」

たどたどしい礼に、市丸隊長は満足げに笑うと、ふらりと背を向けて歩き去っていった。


「…………あいかわらず気まぐれなんだから」


……でも、まあ。

厚意は、ありがたく受け取っておこう――



「……よっ、と」

スタークの自室に持ち込んだ たらい。適当に温度を調節した湯を張って、そこに手拭いを浸し、固く絞る。


……まあ、市丸隊長の思惑は どうあれ、身体を拭けるだけでも、正直ありがたい――



    *    *    *    



「……よし、こんなもんでいいだろ。帰るぜ、リリネット」


藍染サマに頼まれた任務は、虚圏内に生息する虚に俺たちが近づいていって、どの程度まで耐えられるのか、というデータのサンプルを取ってこい、というものだった。
それをザエルアポロに作らせたらしいワケのわからない機器が勝手に記録していくのだ。

「ちょっとデータ少ないって言われるんじゃない?」

「構やしねぇよ。……こんな答えのわかりきったことやって、無駄に虚 消してって……俺に対する嫌がらせだろ」

「ふぅん……」

そう言って一瞬 意味ありげに黙り込んだリリネットは、次の瞬間 ニマッと笑って俺の腕に ぶら下がった。

「じゃ、かえろ!深雪が待ってるよ!」

「……おう」

小さな機械を胸元に押し込むと、俺たちは意識を自宮に向け、身体をそちらに飛ばした――



    *    *    *    *    



…………それは、ホントに浮かれていたとしか言いようがない。


『今日はスタークたちも、ある程度のノルマ課せられとるから しばらく帰ってけぇへんし、ここにくる破面はスタークに喧嘩売りにくるノイトラやグリムジョーくらいやろし。……スタークの霊圧がなかったら、皆 こっちに来ぇへんよ』

……それを信じた あたしが迂闊だった、ってことだろうなぁ…………。


死覇装は手早く脱ぎ捨てて、湯で濡らさないように遠くに放って。

たらいの湯で固く絞った手拭いで、身体を拭う。

「はー……サッパリした……」


と、ホッと息をついた瞬間だった。

不意に背後に、最早すっかり馴染んだ霊圧が現れる。


……え、嘘…………。

ドクン、と大きく跳ねる胸。……そして、どうやら背後に立つ そのひともまた、同じらしい。

「深雪……」

擦れたような声。

おそるおそる肩越しに振り返ると、呆然とした表情のスターク。あたしと目が合って、そして――


カツカツと靴音を立てて近寄ってきたスタークの腕が、裸の あたしの身体を自分の胸へと引き寄せる。

「ちょ、スタ――」

パニックになって声を上げようとした あたしの声は、荒々しくドアを開ける騒音にかき消された。


「おう、いいタイミングだったな。市丸のヤローが、そろそろお前らが戻ってくる頃だろう、って言ってやがったからな」

……え?

「なんの用だ、グリムジョー」

「ヒマなんだよ、俺は。……一番をかけて、殺し合いといこうじゃねぇか」

「……知るかよ。俺は、ひと仕事 済ませてきたばかりでダリィんだ。また出直してこい」

睨み合う気配に次いで、舌打ちと共に大きな霊圧が ひとつ消えた。


頭の上から、ほうっ、と大きな溜息が降ってくる。

そして、はっ、と息を呑む気配。それから、慌てたように、でも優しい手にトン、と突き放された。

「スマン……!」


振り返るとスタークは、こちらに背を向けて立っていた。……あの強張った方を見るに、律儀に目も閉じていてくれているのかもしれない。

死覇装を拾い上げると、スタークに背を向けたまま手早く羽織る。

「もう、こっち向いて大丈夫だよー」

言い終わった時には、既に帯も締めている。

……捕虜相手に、そんな気を遣うことないのにね。

そう思うと、思わず笑みが零れる。

…………いや別に、見て楽しいものでもないけどさ。

襟元から自分の胸元を覗き込んで黙り込んだ あたしを見て、何をどう解釈したものか、スタークがきまり悪げに口をひらく。

「悪かったな、気がきかなくて。俺がいりゃあ、テキトーな結界でも張った中で気兼ねなく水浴びでもさせてやれたのに」


放り出された手拭いと たらい。それを見てスタークは状況を察してくれたらしい。でも――

「スタークが気に病むことじゃないよ。あたしは捕虜なんだから。今、こうやって気遣ってくれただけで十分。それに……」

また、こちらに背を向けてしまったスタークの腕に そっと触れると、その肩が大きく びくりと揺れた。

「今、他の人の目から守ってくれたじゃない。…………ありがとうね」

「……おう」

短く応えて、腕に触れている あたしの手をポンポン、と優しく叩くスターク。


と、そこへ。

「スターク、深雪ー!おやつもらってきたよー!……って、どうかした?」

飛び込んできたリリネットが、部屋の真ん中に立ち尽くしている あたしたちに気付いて首を傾げる。


……えーと。

ふと隣を見上げると、こちらを見下ろしているスタークと目が合って。……小さく零す笑み。優しい目。

「なんでもねぇよ。……な、深雪」

大きな手が、ぽん、と あたしの髪を撫でる。

「……うん」

「えー?あたし、仲間はずれー?ずーるーいー!……ホラ、これあげるからー!」

スタークの肩に飛びついたリリネットが、あたしの方にお菓子の包みを放って寄越した。


心臓の音は、次から次へと巻き起こる騒ぎに紛れて速度を落とす。

囚われた日々が、こんな暖かさを伴うなんて。

きっと、それこそが罠だったのかもしれない――


(2013.07.15 up!)



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