同棲後



やってしまったと、クザンは手の中で凍るカードを見て青ざめた

別の隊になってから合わせにくくなった非番で今日も一人何をしようかと悩んで始まった1日は、酒や食材の買い足し、取り決めされている自室の掃除、そしてアレクシスに勧められた本にのめり込むことで八割方終了する。ふと、気になったのだ。アレクシスの部屋が
そろりと開けたドアの先は仮眠室かと思うほどに簡素で、本当に寝るためだけというのがよくわかる部屋だ。その部屋の隅にある本棚からはクザンが借りている一冊分のスペースがあり、何冊か本がその空いた場所に斜めになだれていた
それをなおそうと借りて読み終えた本を手にしゃがんだクザンは、茶封筒を一つみつけ手にしたのだ。中身はカードが数枚と、多分日付だろうが暦がクザンの知らないものですぐに故郷から持ってきたものだとわかる

そのカードを凍らせてしまったのだ。封筒からひらりと出てきたメッセージカードに浮かんだ不思議な文字のせいで

「卿はそこで何をしている。」
「アレクシスさん!」
「ここは俺の部屋だが、何をしている。」
「それは、その、」

アレクシスの帰宅に気づかなかったクザンは振り返りながら後ろ手にカードを隠し、横を通るアレクシスに合わせそっと体の向きを変える。じりじりと後退りをしたクザンは咎めるように呼び止められぎゅっとカードを握った。みしりと、カードが悲鳴をあげひびが入ったようだ

「この中身を知らないか?」

床に落ちていた茶封筒を拾い上げるその手はそっと中身を確認し、強い目が息を詰める巨体を射抜く。息ができなくなるくらい鋭い

「クザン。」
「ッ、すみませんっ!!おれっ、こんなことするつもりじゃ」
「凍って、いる?」

勢いよく差し出したカードは抜き取られ、氷に閉じ込められながらひびの入った外観にアレクシスは言葉を無くし呆然としているようにみえる。事実、現状を理解できずに困惑していた

「なぜだ、クザン。」
「・・・アレクシス、さん・・・?」
「部屋へ入る必要などなかったはずだ。これは、これ、は、」

アレクシスの声が震える。顔が歪む。怒りが、まずはあるようだ。悲しみはそれより大きい
クザンは殴られるのを覚悟し目をきつく瞑ったが、いくら待っても衝撃が来ない。そろりと目をあければ、アレクシスは訴えかけるような目でクザンを見つめているだけだ

「理由を聞こう。卿は理由もなくこのような蛮行に及ばない。そうだろう、クザン。」
「おれ、は、」
「お願いだクザン。俺を、失望させないでくれ。」

氷が溶けていく。じじ、と混線したかのような音が鳴り、カードから光が漏れた。映し出された金髪の男は穏やかな笑みを浮かべていて、何かを言っている。声は雑音となり聞こえない
瞬間のアレクシスの顔に、クザンは打ちのめされた気分になった。そして零れた声に、目の前が真っ暗になる

「マイン・カイザー。」

マイン、なんと言ったか。けれど確実にマインと口にした。つまり私のと男に向かって言ったことになる。クザンはガツンとした衝撃の後襲ってきためまいや吐き気に意識を苛まれ、無意識に能力を使っていた

「それ、誰。」
「クザン、寒いのだが。」
「おれより大事?おれより近いの?その男は。」
「そういう次元で語れる御方ではない。俺の絶対だ。」
「おれの絶対はアレクシスさんなのに・・・?」
「それとこれとは話が違う。カイザーは皇帝だ。俺が仕えるべき御方で、何があろうと裏切れない御方だ。」

皇帝?疑問は口にする前にアレクシスから漏れる独白じみた話に口を閉じる。アレクシスから自分の話が聞けるとは思っていなかったし、聞いてもいつもはぐらかされるのだ。だから、ここは黙って聞くべきだと判断した

「故郷は帝国だ。ローエングラム王朝の偉大なる皇帝。俺が生涯唯一人お仕えすると心に決めた御方だ。だが、もう会えない。」

ブツンと映像が途切れる。呆然としたまま数秒カードを見ていたアレクシスは顔を上げ、壊れたのかと焦るクザンに笑った。儚く脆い、崩れそうな姿に胸が締め付けられキーンと耳鳴りが響く

「もう、これしかないのだ。これだけが、俺が生きていた証で、持つことを許された全てだ。」
「ほんとに、ごめ、」
「取り乱してすまなかった。どうか謝らずそっとしておいてほしい。」

言いながらイスに座ろうとして崩れたアレクシスは、足に力が入らないと天井を仰いだ

「すまない。しばらく一人になりたい。」
「い、いやだ、」
「お願いだ、クザン。卿は俺に嫌われたいわけではあるまい?」
「そりゃ、」
「ならば一人にしてくれ。俺も、卿を嫌いたくはない。」

こんな弱々しいアレクシスは初めてだ。だが嬉しくはない。苦しくなるくらいに、顔を見れば感情がわかる。精一杯優しいセリフを口にしたのだろうアレクシスに手を伸ばし、一度躊躇い幼子が親の手をつかむように頼りなげに手を握った
そんなクザンに、アレクシスはすまないともう一度口にする

「何で、アレクシスさんが謝るの。」
「そうだな。だが、すまない。俺は卿をまだ好いてはいないのだ。だから、嫉妬だと解ってはいても分からない。卿は一体、俺のどこに惹かれたのだ。」
「・・・名前。」
「名前?」

惹かれるような名前かと不思議がるのは当然。名前が好きですなんて、理由としては些か弱い
だがクザンはそうじゃなくて。待って。と首を振り、辿々しく言葉を口にする

「名前、知らなくて・・・名乗られなかったし、ガープさんとかも呼ばねぇし、だから、気になった。」
「そうか。確かに名乗ることはしていないな。俺の名はアレクシス・フォン・オーベルシュタイン。銀河帝国ローエングラム王朝、上級大将だ。」
「え?え、」

割れていないカードを操作したアレクシスはブゥンと表れた映像に目を細め、友だとそれをクザンに見せた
クザンは笑い合いながら口々におめでとうと言う映像にアレクシスを見て、おれはと唇を噛む

「おれは、あんたにそんな顔させられない。」
「どのような顔だ?」
「そんな幸せそうな、嬉しそうな顔・・・この関係は、おれがただ一喜一憂するだけのお情けだろ。」
「別に情けをかけているつもりはない。」
「じゃあ何で、笑って」
『本当に卿は笑わないな。よし。俺が笑わせてやろう。』
『自分は結構です。』
『まあまあそういうな!』

映像の中に引きずりだされたアレクシスは笑顔になる方法をレクチャーされ、かと思えば笑みの作り方をレクチャーされ。いろんな男にもみくちゃにされながら、やっとその男たちが引いたあと、促されるようにアレクシスが笑った
それを見ているアレクシスは、さっきからずっと微笑んでいる。クザンは差を見せつけられた気がしたが、大事な物を壊した負い目でぐっとこらえた。ふとアレクシスに見られ、心臓が止まった錯覚に襲われる

「ありがとう。」
「・・・へ、え?」
「一人にしないでくれて。」
「えあ、い、いえっ、」
「あれで一人にされたら、多分、俺はどうにもならなかったよ。ここでの未練がないなら、マイン・カイザーと共にと自決していた可能性もある。」

それ程に大切な物だったのかと頭が冷えていくのを感じながら、目を伏せるアレクシスに一気に手の熱が上がった

「卿は、俺がここに居続けたいと思える未練のようだ。触れているこの手を、離したくない。ん、」

ちゅうと触れた唇に、アレクシスは目を見開き顔をあげ、クザンは顔を真っ赤にさせながら目を泳がせた

「いきなりどうしたのだ。」
「おれ、あんたが好きだ。だからもっと知りたい。口外しないし遊びじゃない。おれに教えてよ。お願い、裏切ったりしないから。」
「卿は本当に真っ直ぐだな。それが、好ましい。」

信じて良いのかと問うアレクシスに力強く頷いたクザンは、溜め息混じりに笑いを漏らす姿にぐっと衝動を堪える

「では、話そうか。どこからがいい。」
「全部・・・、全部がいい。」
「全てか。なら、俺の生まれ故郷の話からにしよう。」

そして語られる未知の話を必死に飲み込んだクザンは、話し終えたアレクシスに何か言わねばと咄嗟にいつか行きたいと口にし、アレクシスは心底嬉しそうに破顔した



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