何百枚、いや既に四桁か。途方もない単純作業を繰り返して完成されていくジグソーパズルは、いくらやろうと完成を望むピースがなくなることはない
昼夜関係ない空間で、優芽はひたすら時間を消費する。それしか、優芽にはできないのだから

「・・・夢の中でも寝るなんて、変な人。」

ふと気づいた先にいたリヴァイはうつ伏せに倒れていて、近づいてしゃがみこんだ優芽はさらさらと髪を弄ってはぼんやりと自分の腕に頬を寄せる


『断る。』

前回、はっきりと言われた言葉に驚いた隙に、リヴァイはいつものように消えてしまった。惜しいわけではない、来ない約束をしてほしいだけ


同じようにうつ伏せで寝転がった優芽は、リヴァイの顔を眺めながらどうせ覚えてないんでしょと寂しげに目を伏せた

「・・・、」
「起きた?」
「なに見てやがる。」
「寝顔。」

他になにみるのよと起き上がり温めたカップに紅茶を高い位置から注ぎ落とした優芽は、アッサムは嫌い?とゆっくりと起き上がったリヴァイに席をすすめる
どういう風の吹き回しだと言いながら席に座ったリヴァイに、優芽の口から本当みたいだからと呟きが漏れた

「なにがだ。」
「来たくて、来たんじゃないって・・・」
「だからそういってんだろ。」
「珈琲、飲んだ?」

無言になったリヴァイに捨てたんでしょと当たり前のように言った優芽は、驚く姿に冷めた目を向ける。全部わかっているとばかりの、暗い目だ

「知らない人からの頂き物なんて、気持ち悪いから。」

はっきり言えば、ここに来る少し前に手から落ちたフィルターを使いたくない。地面に落ちたのだ、拾うことすら本来遠慮したい。どう使って飲むのかは知らないが
けれど今この場でそれを言うのは躊躇われたし、リヴァイ自身下手に声を発すれば弾かれる気がしたのだ。得体の知れないなにかに

「・・・優芽、だったか、名前は。」
「・・・覚えて、たの?」

威圧感が消えた。優芽の目はいつもの無気力さはなく、どこかきらきらしているように感じられる
もう大丈夫だろうと淹れられた紅茶に手をのばしたリヴァイは、香りを確かめ良い茶葉だなとほっと息を吐き出した

「母が部屋へ持ってきてくれたの。今回はたまたまお菓子も貰えたから、どうぞ。」
「嗜好品じゃなく食事をとれ。触れば折れそうな身体しやがって。」
「・・・別に、誰に迷惑をかけてるわけじゃない。」
「肥るから嫌だとか、バカみてぇなことはいわねぇな?」
「眠くなるから嫌なの。」

ふいと顔をそらした優芽の顔を、リヴァイははっきり見ていないことに気づく。目を見たのもさっきが初めてではないかとすら思えた
美しい髪はなにも後ろだけではない、前にも鬱陶しいほどに伸びているのだから

「眠くなるのが問題か?夢なんかみずによく寝れんじゃねぇのか?」
「それが嫌なの!きゃっ!」

大声をだし振り向いたらリヴァイが目前にいた。驚いて固まった優芽は前髪がかきあげられびくりと身体を強ばらせる

「な、なに、」
「東洋人か。」
「ならあなたは西洋人ね。珍しくもないじゃない、中国人だけで十億人かるく越えた人口なんだから・・・日本人だって、一億かるく越えてるんだから。習わないの?学校で。」
「・・・言ってる意味が、半分も理解できないんだが。」
「・・・なにが理解できたの?」
「バカみてぇな数の人間がいることと、俺に学がないことがよぉくわかった。」
「人類が繁栄してること、まだまだ知識を取り込む楽しさを味わえること。それがわかってうれしいの?」

隈のひどい目元はカサカサで、潤いも艶も栄養は全部髪にとられたのではないかと疑うほど。出汁もでないような鶏ガラで寧ろなぜ髪のキューティクルは損なわれないのか。人間ではないというのだろうか
そしてその風貌から出る前向き発言は、もうなんだか吹き出しそうな程面白い

「よければ、教科書読む?」
「きょーかしょ?」
「座学の冊子、読む?」

国数英社理技家保体音楽美術書道、私が覚えたものは全部あるの。そうカーテンを開けるような動作をした優芽は、まるで慣れた手つきで何かを取り出す仕草をして小学校高学年が使う地理帳をリヴァイに見せた

「・・・なんだこれは。」
「最後の方のページに日本地図が載ってて各都道府県の名産とか、あと世界人口ランキングとか、いっぱい暇つぶしが載ってるの。読む?」
「おい、分かるように説明しろ。」
「当たり前とは言わないけど知っているのが普通とも言われなくない内容が載ってます。」

よこせと浚われた地理帳はリヴァイが深く眉間に皺を寄せながら読む。すっかり紅茶が冷めたころ、またジグソーパズルへと集中していた優芽へ声をかけ、リヴァイはテーブルの上にばさりと地理帳をおいた

「・・・なに?」
「いつもの感覚がこねぇ。」
「なにが?」
「起きるとき、いつも引っ張られる感じがする。今日はそれが」
「・・・私は、しばらく起きてない。起きる感覚なんて、忘れちゃった。」

どこからか時計を取り出した優芽は72035時間と2460秒かなと秒針を止め、あなたは寝てる時間を覚えてる?と問う。訝しげに眉を寄せたリヴァイは時計がするりと優芽の手から落ちたのを目で追い、床などないように小さく見えなくなっていったことに足の裏にぞわりと何かが這う感覚を味わった

「私ね、病気なんだって。クライン・レビン症候群って、両親が言ってた。」
「クラインレビン症候群?」
「別名眠りの森の美女症候群。周期性傾眠症、ともいうらしいの。強い眠気に抗えず何日も寝てしまう病気。」

分からないと首を傾げるリヴァイに初めて笑みを見せた優芽は、私は今回51日と12時間41分眠ってるのとクスクスと笑う。壊れたかと思うほど狂気的な色を含み、絶望すら滲ませるいやな笑いだ
そんな長い時間寝れば食事は、排泄は、入浴はどうするのか?そんな疑問に答えるように、夢遊病みたいに全部するんだってとくるりと背を向けた

「でも、私は一般的なクライン・レビンじゃない。食事をとらず入浴もせず、排泄すら、動かない。」
「本当にそんな病気が存在するのか。」
「存在しないなら、私はなんなのよ。私はなんでこんななの。」

死んでるも同然の私は夢の中でしか居場所がない、生きられない。なのになんで普通のあなたが踏み込んでくるの。なんで私は少し嬉しいの。ぐしゃぐしゃと髪を乱し抜けるのも構わず鷲掴んだ優芽は、私を惨めにさせないでと泣く
みんな大嫌い。唇が動いたのをみて、リヴァイはいつものように目を覚ました

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