「こへーたあーそーぼー!」
夢の中の**に汗だくで飛び起きた小平太は、驚いて一緒に起きた長次に気づかずそのままうわぁああー!と泣き叫んで部屋の隅にダッシュで向かって縮こまる
あああああと発狂して怖い怖い怖い、ちょーじ助けてと叫ぶ小平太に、長次は焦った。ひきつけをおこし始めたからだ
「小平太…!」
「騒いでるなぁって思ったら、やっぱりかぁわいーこへぇたの声だった。」
幸福を表すような声は静かに開けられた戸から中へ入り込み、小平太の金切り声が長屋を走る
それすらも、寝間着で夜中に当たり前のように他人の部屋へと入る**にはご褒美のようだ
うっとりと恥じらうように笑う**は、どーしたの?と小平太の目の前に座って頭をかきむしるその手に触れる。優しく、まるで母が子にするように
「ぃっ、やだって…!」
絞り出したような声に、**はやはり笑うだけ。もっと聞かせてと小平太の寝間着越しに男子にしては伸びている爪が肩へと刺さり、ぎぎぎとひっかいた
**に対する抵抗が怖いものだと知っている小平太の身体は抗うことを忘れ、首筋を這い鎖骨を思い切り噛んだ**へひぐっと潰れたカエルのような声を出すだけ
「こへーたには、叫び声と苦痛がよーく似合うねぇ?だからこへーたのこと、だぁいすきだよ。」
「ッ、嫌いだってっ…!**なんて嫌いだって何度言ったらわかるんだっ!!わたしは痛いのも苦しいのも嫌なのに!」
「えー?」
いつものようにとぼけた**に、小平太は恐怖を抑えつけ鋭く叫ぶ
「わたしで遊ぶのもいい加減にしてくれ!!迷惑なんだ!」
「…へぇ。」
びくっと、直ぐに弱気になってしまった小平太は、**から顔をそらしてだって本当なんだからと呟いた。それに、**はあっそ。と小平太から離れ、開けられたままの出入り口へとあっさり歩いていってしまう
今までの訴えより強気に出た自覚はあったが粘着質系の**のあっさりさは不気味だ。だが、**…?と思わず呼んだ小平太に振り返った**は、すぅと冷めた目で小平太を見てゆるりと首を傾げた
「そんななら、もうお終い。」
意味が分からず呆ける小平太を背に、**は静かに部屋を後にする
最後まで完全に蚊帳の外だった長次は、とりあえず小平太によかったなと声をかけた
「長次小平太、おっはよ。」
「…おはよう。」
「っ、お、はよ、う…」
びくびくと怯える小平太に見向きもせず、**は廊下ですれ違った先にいた三郎に駆け出す
**を発見した三郎がぎゃ!!と悲鳴を上げて雷蔵と八左ヱ門の後ろに隠れるのをにこにこと見て、**はあーそーぼーと背後に回り込んだ
雷蔵が慌てて三郎を庇い八左ヱ門が更にその前で先輩だめです!と騒ぐなか、小平太は自分が標的ではなかったことにきょとりとしてよかったと呟く
自然と起きた身震いでついこの間傷に塩を塗りたぐりたくなった**により開かされた古傷がずきんと痛み、恐怖を思い出してその場から全力で離れた
それから何日何ヶ月経っても小平太に魔の手が伸びることはなく、事情を知る同輩からよかったなと言われることに違和感を覚え始めたある日
せーんぞ!とさらさら靡く髪を結わいてある付け根を鷲掴み、気づくのが遅れ逃げそびれたと青ざめた仙蔵に笑った**の姿を視界に捕らえ
そして、髪の束を背中に沿うように下へと引っ張った**が眉間に皺を寄せる仙蔵の耳元で何かを囁き、仙蔵がらしくもなくやめろ!と声を上げる姿をみて息苦しさを覚える
「だ、誰かっ、」
「鬼事したいの?なら、捕まったらせんぞーを酷くしていい?」
「お、となしくしていても酷いじゃないかっ、」
そんなことないよぉ、心外だなぁと仙蔵の膝を折らせ跪かせた**は、素早く仙蔵を縛り上げると抱えて軽々と歩き出した
それが決定打となったあの日とかぶるくせに、小平太は待って、と無意識に口にする
**がそばを通れば視界をよぎれば声が聞こえれば、怯えびくつき震え出す身体は確かなくせに、小平太は自分が何をしたいかがさっぱりだった
何をどうするでもなくあっという間に卒業を迎え仲の良かった同輩たちと別れた小平太は、当然**とも別れる
就職先を完全黙秘しつづけた**の行く先は誰も知らず、しかも卒業の日の前日に忍術学園から忽然と姿を消したのだから余計
戦忍として働きだした小平太は順調で、縁談まで持ち上がり順風満帆。それでも、いつも頭をちらつく影がある
「あー、久しぶりだねぇ、小平太。」
その人、**は呪詛のようにごめんなさいいたいくるしいもうゆるしてくださいと繰り返す四半刻前までの先輩の手をぽいと捨て、変わらぬ笑みを浮かべながら壊れたように涙を流す先輩の顔面を蹴りつけ地面にめり込ませるように踏み潰す
途端に漏らしそうなほど震え上がり乙女のような悲鳴を短く上げた小平太は、じゃぁまたねと手を振りどこかへ行ってしまいそうになった**に落ち掛けていた刀を握りなおした
「っ、わたしは、敵だぞ。」
「そんなぷるぷる震える子犬をいじめる趣味はないんだけど?」
「散々酷くしといてっ、ならなんで私を拷問して楽しんだりしてたんだ!」
必死に声を出す小平太に短くため息をつき、境目となったあの夜に向けられたのと同じ目を**は向け、で?と冷たく吐き出す
なんでそんな目で見るんだと、小平太は頭の中がソレで埋め尽くされるのを感じながら地面を蹴った
残念なことに震えながら握っては刀は直ぐに宙を舞い、構えた二丁苦無はなかなか**に届かない
どうして!と泣きそうになりながら、ここで勝たなかったら一生**が怖いままだと自分を叱咤し、**の忍刀を弾いて仕込みの棒手裏剣を手でつかんだ
「…小平太、」
「**はっ、なんで、なんでわたしに酷くしたんだっ、」
泣きながら叫ぶ小平太は、境目となったあの日から一歩だって動けてなかったのだ
そんな小平太を見た**は目を見開いて、それも一瞬でふぅんと素っ気なく頷く
「…早く殺せば?」
**の片手は小平太につかまれ、片手は先輩を拷問中の抵抗で痛めたのか垂れたまま
相変わらずの笑みを浮かべたままの**がこへぇた、あーそーぼ。と小平太にだけ聞こえるように呟けば、小平太は言葉にならない叫びを上げながら苦無を振り上げ、**の胸へと力一杯振り下ろした
ごぷりと血を吐いて崩れかけた**は、余力を振り絞り緩やかな笑みを浮かべてみせる
はじめてみるそれに固まった小平太は、倒れ込むように寄りかかってきた**を反射で支え、鎖骨を噛まれて息をのんだ
けれど力は弱く、そのままゆっくり目を閉じてぽつり。**の身体はずるりと傾き今度こそ地面へと崩れてしまう
「…え、なに…なんで、」
囁くようなセリフが耳の奥にへばりつき、小平太は行き場をなくした自分自身を振り払うようにまた戦場へと戻っていった
聞こえない、聞こえなかった、だから、わたしは何も知らない。そう頭の中で繰り返して
「そ、んなのっ…」
『やっぱり、こへーたがいいなぁ…』
「そんな声でっ、わたしを呼ばないでくれ…!」
どうして今更
何もかもが、今更なこと。
<あとがき>
こんばんは、管理人の星川です。
100000打記念リクエスト「無自覚鬼畜」その後
うふふふふ、漸くお礼を形にすることが叶った星川のテンションは高いですよ。
館様に無理いってリクエストしてもらいました!
いやぁサクサク進みました。七松さんが叫んでるの大好物です。
いかがでしたでしょうか?
お持ち帰り、書き直し要請は館様のみとさせていただきます。