第六話「対者の釘‐1」


 抱えた書類の重さに辟易しながら、休憩室に篭もっている時だった。机と通路を挟んだ窓際で雑談する、第二分隊の隊員達が目に入ったのは。
 彼等は休憩室を本来の目的で使用しているのだろう。仏頂面と困り顔の会話でも、とても長閑な空気が漂って来る。何なら話に加わりたかったが、白い机一杯に広がる書類が気力を奪う。
 こちらの陰気な気配を察したのだろうか。会話していた仏頂面が「休憩室に書類持ち込まないでよ」と嫌味を言いつつ、コーヒーを置いて立ち去って行った。女性隊員が「頑張ってね」と優しく肩を叩いてから、その背を追う。
 まだ打ち解けてはいないが、向けられる気遣いは温かい。特に、こうやって終わりの見えない書類と向き合っている時は。

「えーっと……チータさん、そろそろ起きないとマズいですよ」
「私は虫になる」
「頑張りましょうよ! でないと間食禁止されたままですよ!? 俺だってこれ以上ビセンテさんにゴミ虫扱いされたくないんですから!」

 正面で机に突っ伏していたチータは、何か呟くと渋々顔を上げた。顎を机に乗せた間抜けな格好でも、美形は美形だから心底ズルいと思う。バイザーを外しているからか、金色の瞳がよく見える。

「シミュレーション訓練はまだ我慢出来るんだが……その後のレポートがとてつもなく憂鬱なんだ……」
「俺は訓練もレポートも嫌いです」

 狭くて暗い専用のシミュレーションルーム、吸水性の悪いパイロットスーツ、おまけに訓練後の提出が義務付けられているレポート。どれも窮屈で慣れない物ばかりだ。シミュレーションの成績が良ければ、まだ前向きに取り組めたのだろうが。フェルディオの成績は、なんとか上昇している物の、それは非常に緩やかなスピードだった。

「こう言う文章を書くのは、君の方が得意だろう」
「得意じゃないですし……どっちかって言うと、レポート云々より、ビセンテさんの方が……」
「怖い?」
「こわーーっ!? く、や、チータさん直球過ぎますって!」

 シミュレーションを行う為には、専用の装置を起動させる必要がある。使用するパイロットスーツも、心拍数や体温の上昇を感知出来る特別製だ。
 使用時間も限られる、起動するだけで多くの電力を消費する、細やかなメンテナンスも必要とする。実務訓練の合間だからと、気軽に搭乗出来る物ではない。
 使用した以上、報告しなければならないのだ。分かってはいる、分かってはいるが。成績がほぼ横ばいなフェルディオと、文章を考えるのが苦手なチータにとっては苦行でしかなかった。
 差し入れられたコーヒーを煽り、チータが再び頭を抱えた。

「三行で止まった」
「さすがにそれは早過ぎです」

 凛とした口調や、堂々とした態度とは裏腹に、チータには偉ぶった所が見当たらなかった。最初挨拶された時はとにかく緊張したが、今となっては多少物怖じせずに会話出来る。もちろん相手は上司、まだまだ多少の域を出ない状態だが。
 チータは髪を掻きながら、無駄にいい声で唸っている。かなり追い込まれているようだ。フェルディオの前でも格好付けず、こうやって無様な姿を晒すから、より親しみが湧いて来る。
 悩みに悩むチータを気の毒に思うが、手伝うことは出来ない。とにかく自分の分を終わらせてから慰めようと、半分埋まったレポート用紙に目を向けた。
 精神面において、自分にはあまりにも足りない物が多い。経験を積めばいずれーー言語道断だ。いずれなんて、空の上には訪れてくれない。

「……煙草吸って来る」
「チータさん!」
「一本だけ! 一本吸ったらすぐ戻って来る! 戻って来なかったら机の裏側で蟷螂の物真似するから!」
「そのペナルティーおかしくないですか!? 一本だけですよ、時間経ったら見に行きますからね!」

 覚束ない足取りで、チータは休憩室から出て行った。ここには喫煙スペースが設けられていないから、廊下に出て専用室まで移動しなければならない。


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