…いや、何でもないわ




「俺、実はあのとき、自殺しようとしててさ」

出会った頃の事を話していたと思えば急に彼がそんな突拍子もないことを言い始めるので私は驚くしかないのだけれど、彼はお構いなしに続ける。

「肩がぶつかってさ、君、反応すらしなかったんだもん」

殆どがその長い前髪に隠れてしまった目を自嘲気味に細めながら笑う彼は、どこか悲しげなようにも見え...いや、何も思っていないのかもしれない。何を言いたいのだろう。片手に持っていた厚めの本の背表紙で彼の肩を叩いてみた。

「じゃあ、どうして生きてるのよ」

出来るだけ、いつもの口調で。そしたら、ふと目が覚めたように笑って。

「だって君、料理も掃除も洗濯も出来ないんだもの」

生きるよ、そりゃ。って立ち上がったと思えば当然のように振る舞ってみせて。まるで何もなかったかのようにエプロンを着て家事を始める。
あぁ。

「...主夫の世話って大変、」

「え?何?」

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