餓鬼共

三木ヱ門6年・虎若3年


尊敬して止まない我が師の訃報に接したのは、今から三日程前の暮れのことだった。村より届けられた文に綴られた戦死の二文字はまだ見ぬ戦場に夢を描き日々鍛練を重ねるこの身に何より重く響いた。遠く眩しい憧れであり、貴く正しい標であった。佐武虎若という村の跡継ぎである男に、原点となる教えを下さったのが、紛れもない貴方であった。

同じようにその知らせを受けた田村先輩も、ここ三日間長屋の自室から出て来ていないそうだ。

それから二日経ち、筋肉が酷く落ちているのに漸く気づき、翌朝から鍛錬を再開した。未だ、火縄銃は持つ気にはなれずにいた。田村先輩には、まだ会っていない。


再び銃を手にしたのは、恩師の死から早十日程過ぎた日の、夕暮れであった。何時だったか、丁度こんな茜の空の下、鐘を鳴らす為の勇気を下さったのも、やはり貴方であった。

久々に構えた銃は、重い。息を整え、引き金を引く。


的を撃ち抜く筈の弾は、忽ち無辺世界に消えた。単に身体が衰えただけではない、単に感覚が鈍っただけではない。この手が震えて仕方ないのだ。この銃が否応なしに貴方の死と結び付く。この腕が、この弾が、今にも貴方を殺すのではないかと、救いようもない錯覚に陥るのだ。


若太夫、戦場での的は人間だ。確実に撃ち抜く、殺す覚悟がない者に、銃を持つ資格はない。


不意に貴方の言葉が頭を過る。ああ、僕は愛して止まなかった筈のこの火縄銃を、再び撃つことは叶わないだろう。

全てを諦め、力の抜けた腕から銃が滑り落ちようとしたその時、誰かの腕がそれを受け止めた。


「田村…先輩──」


其処にいたのは、ここ数日、誰の前にも姿を現さなかった田村先輩だった。艶のある髪は乱れ、その目は痛々しいほど赤く充血し、眼下にはくっきりと隈が色濃く残っていた。その装束には火薬の臭いが染みついている、まさか山奥で一人鍛錬をしていたのか。


「馬鹿虎、何をしている。早く銃を構えろ」


田村先輩は僕の腕の中にある銃を指差し、冷たい声で言い放つ。


「でも、僕はもう…」

「構えろと言っている」


いつかの会計委員長のような鋭い目つき、強い口調を前に口答えできず、言葉を飲み込み、銃口を的に向ける。

そうだ、それでいい。先輩は優しい声でそう呟いて、僕の隣に立った。

恐怖を必死に圧し殺し、震える手を制して狙いを定め、引き金を引く。放った弾は的に掠りもしなかった。


「ほら、もう一度」


そう言って、田村先輩が銃を支えてくれる。再び放たれた銃弾。それでも弾は的を大きく逸れた。


「……!」


僕を支える、彼の手も震えていた。同じ志のもと彼を敬愛し、競うように技を盗んだのだ。苦しいのもまた、僕と同じこと。


「…大丈夫だ、お前ならやれる」


目が合うと、彼はぎこちなく微笑む。きっと、こんな悲しそうに笑う人ではなかった。それでも、不思議と波打つ心は徐々に鎮まっていった。


「お前は…あの人の一番弟子なのだから」


二人の呼吸が一つに重なる、髪を揺らす風が止んだ。


一片の迷いもなく引かれた引き金、弾は見事に的の中心を撃ち抜いた。


「照星さん…見て、下さったでしょうか」


田村先輩が空を仰ぎ、呟く。返事は無い。


「私、田村三木ヱ門は…何れ佐武の旗の下、命を捧げる覚悟にございます。」


田村先輩が、地に跪き、瞼を伏せて、姿見えぬあの人にそう誓う。軈て閉ざしたその眼を開き、強い眼差しで僕を見た。


僕も心の中であの人に語りかける。

…照星さん。僕はまだまだ未熟者ですが、いつの日か立派な頭領になります。必ずや、貴方が背負った佐武の名に恥じぬ男になります。ですからどうか…ご安心を。



「「安らかにお眠り下さい」」



銃口から燻る煙が、天高くのぼる。それはまるで線香のように、敬愛する我が師の魂を弔った。


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師匠の死に向き合おうとする弟子達。

「鐘を鳴らす為の勇気」は、打鳴寺の鐘のことです。

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