万歳ポニー

生まれて直ぐに自分の力で立ち上がる、そんな子馬のような逞しさを生まれながらに持っている少年だった。

ある村の馬借の一人息子として、彼は生まれた。村の期待を一身に背負い、この世に迎えられたのだ。夜明けに響く産声は、力強いものだった。

名を、加藤団蔵という。馬借の親方である父、加藤飛蔵によって名付けられた。『団』には丸くなる、集まる、という意味がある。『蔵』は父の一文字を受け継いだ。その名に相応しく、彼の周りにはいつも多くの人が集まった。その少年は、皆に愛された。彼もまた皆を愛した。その輪の中心には、いつも彼がいた。

溢れる愛に包まれながら、彼は日に日に成長していく。親方は彼を可愛がる反面、馬術には一等厳しかった。擦り傷が化膿して痛いと泣きわめく五つの彼を馬小屋に一晩閉じ込めたりもした。その少年のもとに食事を運ぶのは私の役目だった。泣き腫らした目が余りに可哀想で、こっそりと出してやったこともあった。今思えば、随分と損な役回りだったと思う。だが、親方の厳しい教えがあったからこそ、彼の馬術はあれほどまでに達したのだ。

そんな少年は齢が十になる頃、忍術学園という忍びを育てる学校に入学することになった。広い世界を学ぶため、彼は独りで村を出た。最後の言葉は、他愛もないものだった。行ってくる、とまるでその日の夜には帰ってきて、夕飯の席に居るのではないかと思ってしまうほどに。

休みになれば、彼は村へ帰ってきた。身の丈も心も、彼は会う度に逞しくなり、私達を驚かせた。今、彼は新しい輪の中に生きている。共に学び共に競う、同じクラスの仲間達。守りたいものがある程、人は強くなれるという。きっと彼らとの絆が、いつしか彼の守りたいものとなっていたのだろう。

その少年はいつの日かこの地に戻り、家を継ぎ村を背負うのだと誰もが思った。私自身、そうなることを願っていた。

そんな最中のことだ。彼の卒業を間近に控えた冬の終わり、桜が咲くのも待たず、親方が病でこの世を去ったのは。葬儀に、その少年の姿は無かった。

その日、加藤村には季節外れの雪が深々と降り積もった。人々の悲しみや憂いさえ包み込むように、何処までも白く柔らかく澄んでいた。

雪解けの春、十五の彼が出した答えは。

「清八、俺は忍びとして生きていくよ」

馬借の道を捨て、忍びの道を行くと、まだ幼さの抜けきらぬ掠れた声がそう言った。愛し愛された彼は、陽の当たる道を外れたのだ。
「清八、村を頼む」

その眼は私の知る彼のものではなかった。黒真珠のように輝く瞳は、皹割れた硝子玉のように濁り、深い悲しみに満ちていた。全てを見、聞き、知ってしまった者の眼だ。

「…加藤団蔵は、死んだと伝えてくれ」

その横顔は、嘗ての少年のものではない。一人の哀れな男のものだった。

それから、有りもしない理由をこじつけ、遺体の無い葬儀が行われた。水死だったか、転落死だったか、私がなんと言ったかは曖昧である。けれど、村の衆の流す涙に疑いの色は見えなかった。

所々に裸の地面が顔を出す、泥の混じる雪はお世辞にも綺麗とは言えない。

私は、彼を憎まない。たとえ彼が地位も名誉も責任もその全てを捨てまでも、闇を背負うことを強く望んだと云うならば。

「…加藤、団蔵」

人知れず、忘れられた名を呼ぶ。加藤団蔵、誇り高き名だ。その名を持つ男は、この村にはもう居ない。

今も何処かで、息をしているだろうか。名も無き男よ、逞しきその背を向け我が道を行く君に、どうか一握の幸あれ。




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