絡繰人形

夜明けを待つ、二人きりの部屋。


…誰かを愛するのは権利だよ。


彼は掌で小さな螺を弄びながら、そう言った僕の顔をちらりと見て、頑なに首を横に振る。

…確かにそうだ。だけど、権利と義務は紙一重さ。赦された自由と、自由であるが故に縛られる誰かの心と。

時々、彼は妙に臆病になる。平生の自信は、虚勢か見栄か。彼は手元に視線を落とし、再び作業に取りかかる。文机の上には、作りかけの絡繰人形が置かれていた。

…例えば、僕が彼奴を愛するのは紛れもなく僕に赦された権利だけど、彼奴が僕を愛するのは彼奴にとってはただの義務なんだ。

目の前の綺麗な顔が歪められる。酷く後ろ向きな言葉だ。今の彼はきっと、自己嫌悪に支配されて周りのことなど何一つまともに見えちゃいない。


…そして、その義務を放棄することこそ、彼奴に残された唯一の権利。

ふ、と口許を緩めた彼は、ざまあみろと呟き、けらけら笑い出す。

…兵ちゃん違うよ、そんな悲しいこといわないで。

僕の言葉に、ぴしりと仮面がひび割れるように表情を強張らせ、彼は鋭い瞳で僕を睨み返した。

僕は知っている、図星を指された彼は誰よりも脆い。剥き出しの感情は、もう彼に嘘を吐くことを許さない。

…三ちゃん違わないよ、だって仕方ないじゃないか。そうでも思わない限り、愛されてるだなんて僕は思えない!


ばん、と机に拳を強く打ち付けた衝撃で幾つもの部品が床に散らばった。彼は呼吸を荒げ、目の端には涙を滲ませていた。

…だったらどうして、そんなに辛そうな顔をするの。

彼は、本当は誰より嘘を吐くのが下手なのだ。感情を殺して上手く笑えてると思っているのは彼だけだ。いや、きっと彼さえそう思えないから、こうして苦しいのだろう。


…そんなの、僕が知るもんか。

吐き捨てた言葉はそのままに、彼は床に転がる部品を拾い集める。一つ一つ、丁寧に。その小さな背を優しく包み込む腕は、生憎此処にはない。そうして彼を満たしてやれるのは、永遠に僕ではないのだ。

…上手に愛して、上手に愛されなきゃ。

君はまるでそれが義務であるかのように、酷く難しい顔でそう呟いた。使命を果たせと、誰かに操られているかのように。

その背に深く突き刺さる見えない薇を外すことが出来たなら、彼は本当の自由を手に入れられるのだろうか。それとも壊れて、それきりだろうか。

彼は、出来上がったばかりの絡繰人形の薇を巻く。螺一つ無くしてしまっただけで歯車は噛み合わず、カクカクと歪な動きを見せた。

彼は無言のまま、それを思いきり床に叩きつける。そして、ばらばらに壊れたそれには目もくれずそのまま部屋を後にした。目尻を赤く染めたまま、彼が向かうのは一体何処なのだろう。

腹から螺を溢す絡繰人形は、眩しい朝日に照らされ、何処か泣いているようにも見えた。



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歪んだ兵太夫と鈍感な団蔵と報われない三治郎と。

絡繰人形って薇とか螺とか使ってるんだろうか…機械の知識皆無なのでその辺はイケドン精神で多目に見てやってください…(笑)

兵太夫が若干病んでるので、グロはないけど此方に。

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