小噺漆

【神崎と田村】「僕じゃあ、駄目ですか」貴方と、恋仲になりたいのです。田村より幾分背の低い神崎が真っ直ぐな瞳でそう言った。「断る」どうしてですか、と一歩踏み出して神崎は問う。「私はもう、色恋事になど現をぬかすまいと心に決めたんだ」恋というのはな、人を狂わせるよ。寂しげに笑う田村に、神崎はかける言葉など一つとして見つからなかった。

//駄々っ子


【鉢屋と不破】「独りは怖いんだ雷蔵、一緒に来ておくれ」お前は、私が嫌いかい。揺れる瞳に、いつもの冷静な彼は見えない。「ああ三郎、君のことは好きさ、でも…」「それなら何故!」力をこめられた右手首が痛い。「っやめてくれ三郎!」思わず掴まれたその手を振りほどけば、酷く悲しそうに顔を歪めて笑った君が言った。そうかい、もういい。と。明朝、彼は行方も告げずに学園を去った。

//曖昧な明日に消えた

【平と綾部】次々と焙烙火矢が炸裂する爆風の中に飛び込む。いくな、と制止する声は、背にぶつかった。煙と熱にやられた眼は、彼の姿を霞ませる。飛び散ることに恐怖はないから、どうか僕の守ろうとしたその声で、此処まで届くように愛していたと叫んでおくれ。愛しい君の声に重なり、どんと爆音一つ、世界の音は無くなった。

//散華

【潮江と立花】私の心臓を引きちぎって、しゃぶって御覧。泥々とそれは不味いことだろうよ。何せ、心が腐りきっているのだからな。くつくつと笑うその男の胸元を掴む。はだけた寝巻きから覗く青白く透き通る肌。どくどくと脈打つ心臓のある其処を軽く突けば、男は簡単にバランスを崩し、床に倒れ込む。…さて、何処から喰ってやろうか。理性など、疾うに溶けきった。

//微熱

【久々知と斉藤】何度も血を吐き出しながらも君は、何度も僕に愛してると言った。ああ、僕もだよ、ねえ、聞こえてるかな。握り締めた手が、力なく地に落ちる。それはとても優しい言葉の筈なのに、こんなに悲しいのはどうしてだろうね。たった一言が喉につかえて、こんなに心が痛むのはどうしてだろうね。「愛してる、」やっと声になったその言葉、きっと君には届かない。

//哀

【鉢屋と不破】縁側に腰掛け、満月を眺める秋の晩。肩触れる二人。「幸せかい」闇に紛れて一つ問う。寄り添う君は小さく頷いた。仄かに朱に染まる頬を、月明かりが眩しく照らす。「そうかい…私もさ」星の瞬き、宇宙の煌めきは忙しなく。月日は巡り、私の心のみ置き去りにしてゆく。縁側に腰掛け、幾度目かの満月を眺める秋の晩。「幸せかい」闇に紛れて一つ問う。君の居ない寒しい右肩に戸惑う。満ちては欠けるが世の定め。私を照らす月光は冷たい。「ああ…知っていたさ」片割れる、独り。

//月見草


【池田と富松】全てを投げ出したのは、自分自身の筈だった。放り投げたそれは脆く壊れやすいとも知らずに。罅割れたそれが繋がることはない。それでも、僕は。願わくば、もう一度傍に。叶わぬなら、一思いに塵に。粉々に砕け二つの日常に散らばる残骸。日々、割れた僕らの。

//とうき

【七松と皆本】戦場では会いたくなかったなぁ、とその男は不敵に笑った。嘗ては同じ道を志す者が集う学舎の先輩と、後輩。今、憧れを越える時が来た。息を一つ吐き、勢いよく獣の懐に飛び込む。きぃん、と金属のぶつかる音。手応えは、確かにあったのだ。しかし、その男の苦無は確かにこの胸を突き刺していた。地に伏して強く思う、ああ、やはり貴方は遠い。
「私ね、この傷を忘れないよ」

先の一太刀が辛うじて斬りつけた左腕、血の流れる刀傷を愛しそうに撫でる男の姿が徐々に闇に覆われてゆく視界の端に映った。

//牙

【佐武と田村】此処がな、なんだかとても、痛むんだ。そう言った貴方は胸の中心を抉るようにきつく握って目を瞑った。震える睫を濡らす涙を、あと何回拭えば貴方は笑ってくれるだろう。「先輩、大丈夫ですよ。ずっと、僕が、傍にいますから」明日その涙が涸れるようにと、一分一秒見えない誰かにただ祈った。

//自己犠牲

【鉢屋と不破】…なあ、三郎。暗殺実習を終え学園へ向かう道の途中で、雷蔵は不意に口を開いた。…なんだい雷蔵。雷蔵は生々しい返り血を吸い込んだ頭巾をほどき、笑って言った。「きっとね、君と僕は同じ手の色をしているよ」ああ、と三郎は頷く。無邪気に遊んだ幼い頃のように、二人は手を繋いで歩く。誰かの血と血が、一つに混ざり合う。二人で一人、一人で二人。瓜二つの顔に、瞳に、声音。そうして彼らは人を化かす。「早く帰ろう、三郎」ああ、と三郎は頷く。紅に染まる空、鳥の鳴く声に、二人の鼻歌が混ざり合った。

//夕焼けこやけ

【鉢屋と不破】なあ、三郎。僕の顔を使って悪さをするのは、いい加減止してくれ。悪さじゃあない、悪戯さ。なんだい、同じじゃあないか。いいや雷蔵、私には悪意がない、ユーモアがあるのさ。そうかい、そんなら反省するまでそこにいるといい。言うが早いか、その戸がぴしゃりと閉められる。ああ、ごめんよ雷蔵。私が悪かった!仕方ない、と溜め息一つ、戸は再び開かれた。三郎お前、本当にわかったんだろうな。ああ、すまない雷蔵。そう言いつつも鉢屋三郎は、気づかれぬようちろりと舌を覗かせた。

//ゆうぎ




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補足という名の蛇足↓

とうき〜投棄、陶器

ゆうぎ〜遊戯、友誼

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