小噺捌

【久々知と斉藤】「寒…」吐き出した言葉は白い息と共に冬の空に消える。此方をちらりと見た彼は、何処か楽しそうにふふ、と笑う。そうしてやはり真っ白な息を赤くなった指先に吐きながら彼は言った。「ね、温めてあげようか」俺よりもずっと冷たい彼の右手が、俺の左手を優しく包んだ。

//純白

【潮江と田村】寝るものか、寝るものかと重い瞼を抉じ開け、言うことを聞かない右手を無理矢理に動かした。上級生の私が寝ては、下級生に示しがつかんと何とか踏ん張ったつもりだったのに。気がつくと其処には誰も居なくて、代わりにいつの間にか肩にかけられた大きな羽織から私のよく知る人の匂いがした。

//朝焼け
【池田と川西】死ぬなら海がいい。君が愛した海で死にたい。何れこの体は溶け出して、塩辛い水と混ざり合うのだ。僕は、君が好きだと言った海になりたい。記憶も言葉も失くして漸く、君と一つになれるのだ。そうしたらこんな僕のこと、君は愛してくれるかな。
//融解

【雷鉢】繰り返し君が叫ぶ、私の名前。何度も何度も、千切れるほど。その声、その言葉に私は何度救われただろう。風が通り抜け、世界の音が止む。最期に見たのは、愛しい君の泣き顔だった。

//笑って

【食満と善法寺】それはまるで天秤のように。僕が救われれば、誰かが損をする世界だ。僕が笑えば、誰かが泣いてしまう世界だ。僕が幸せになれば誰かが苦しめられる世界だ。それならきっと、その反対はね。きっと、とても優しい世界になる筈だよ。不幸な世界で、君がそう言った。

//自己犠牲


【鉢屋と不破】「生まれてくるな」と誰かが云った。胎児の哀しみは羊水に熔けた。「判った」と返事をしようにも、言葉は未だ無い。臍の緒を伝う憎しみを糧に成長し、軈て胎児は、暗い世界で産声をあげた。「元気かい」と誰かが云った。胎児の笑い声は羊水に溶けた。出来たばかりの不安定な体の一部で、精一杯微笑む。臍の緒を伝う愛を糧に、軈て胎児は、眩しい世界に迎えられた。

//同胞

【長こへ】明日という言葉は、どうして明るい日と書くんだろう。決してそうとは限らないのに。悲しいことが待ってるかもしれないのに。…ああそうか、明るくなければ、誰も明日を待たないからか。自問自答で彼は笑う。例えどれほど闇に沈もうと、望むのは変わらぬただ一つの明日。見えぬそれに手を伸ばす、掴む為に失ったものは大きい。

//明日へ

【池田と富松】切っちゃおうか。喉元に苦無を押し当て、そいつは笑う。は、やれるもんならやってみやがれ。そう言って俺が笑ってみせると、いつだってそいつは途端に興味の失せた顔をする。掴まれた腕が解放され、苦無がからりと音をたてて地にぶつかる。「やーめた」そいつはつまらなさそうにぶらりと何処かに去っていった。俺は喉仏に手を当てる。さっきまで触れていた刃の冷たさに鳥肌がたつ。「…っはは!」彼奴が苦無を突きつける一瞬に放つ殺気、獲物を狩る獣のような眼が俺は堪らなく好きなのだ。

//きょうき

【池田と時友】昼休みの校庭。二年い組の三郎次、左近、久作が鬼ごっこをしているのが遠目に見える。僕も一緒に遊びたかったけど、い組の生徒はちょっとだけ怖い。だから僕は、木陰で日向ぼっこをしていた。突然目の前に伸びた長い影に、顔をあげると其処には息を切らした三郎次が立っていた。「なにボケーッとしてんだ四郎兵衛。お前も一緒にこいよ!」伸ばされたその手は、とても優しかった。

//無邪気

【伊賀崎と神崎】想いを伝えるなら冬にしようと、ずっと前から密かにそう決めていた。君の“一番”が、深い眠りにつく冬に。独りは寂しいと泣く君を、僕は優しい言葉を並べて慰める。「孫兵、僕と恋仲になろう」彼は躊躇うように視線をさ迷わせ、軈て小さく頷いた。だけど、また。「春になったら、僕は君の二番目になるんだなぁ」隣を歩く君は、驚いたように睫の長い瞳を丸くして、少し俯いて静かに呟いた。「春が来ても君が一番さ」仄かに染まるその頬に、まだ見ぬ春が待ち遠しくなった。

//桜色

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