小噺肆

【七松と皆本】もうすぐ春ですね。ぽつりと溢した何処か寂しげな声に振り向けば、後ろを歩く小さな後輩はぎこちなく笑った。冷たくなったその身体を抱き寄せ、そうだなぁと呟く私の吐く息もまだ白い。早く春になるといいなぁ。私のその言葉にそいつはあからさまに機嫌を損ねたようだった。僕は嫌です…貴方がいなくなってしまうから。震える声がはっきりと私に想いを伝える。鼻の頭が赤いのは寒さのせいか、それとも。なあ金吾、私も寂しいよ。素直に言葉にすれば、意外だと言いたげに丸くなる大きな眼。私はその頭を撫で、再び何歩か前を歩き出す。学園がすぐそこまで近づいた頃、はらはらと季節遅れの粉雪が降りだした。澄んだ瞳から零れ落ちるその涙によく似た純白の粒がもう直旅立つ私を抱くように優しく降り注ぐ。近づく別れの季節に心は震えて、人知れず一筋の涙を流したことは誰にも云うまい。

//雪桜

【立花と綾部】無感情で無神経、無関心で無愛想。そんな奴だと勝手に思い込んでいたのだ。まさか、お前が私の知らないところで委員会の後輩に作法を教えてやっていたなど、そんなことは思いもよらなかった。上っ面だけで綾部喜八郎という一人の人間を知った気になっていた、私は作法委員長失格だな。今更になってお前は優しい奴だったのだと知ったよ。お前が生きている内に、うんと褒めてやれば良かったな。ふわりと柔らかい風が横切り、すぐ傍で何時かのお前が笑った気がした。頬を撫で、髪を掬い、そのまま何処かへ。

//素直になれたら

【不破と鉢屋】※卒業後
拝啓、親愛なる友へ。お元気ですか。私は変わらず元気です。君が居なくなってからは、笑う機会も少なくなりましたが。今、同じ空を、君も見ているのでしょうか。此方は生憎の土砂降りで、美しいとは言い難いのですが。最後に、暖かな太陽が君の行く道を照らしてくれているならば何よりです。私は日陰で生きていくので。
宛名のない手紙が、また一つ澱んだ空の彼方に消えた。

//曇天

【七松と平】地獄のマラソンが終了し、山の頂上の草むらに倒れ込む。乱れた呼吸を整えようと大きく深呼吸を繰り返す。自慢の髪も汗で肌に張りつき鬱陶しいとすら感じた。重い瞼を持ち上げれば、化物級の体力の持ち主であり私達体育委員を振り回す暴君であり我らが偉大な体育委員長、七松小平太が私を満面の笑みで見下ろしていた。「……っおつかれ、さま、です…」一息では声にならず、途切れ途切れになんとかそう伝えれば彼は、お前たちよく頑張ったぞ!と肩に下級生二人を担ぎながらこれまた満足そうにわははと豪快に笑った。

//野蛮人

【平と田村】おい、滝夜叉丸。田村三木ヱ門は、随分と静かな声音で私に囁いた。何時もの噛み付くような威勢のよさなど何処にもなく、ただ悲しげに沈んだ横顔がどう仕様もなく美しかった。「私が欲しかったものはなぁ、」もう永遠に手に入ることはなくなってしまったよ。そう呟いた彼の涙に濡れた真っ赤な瞳が、無表情の私を映す。昨晩、潮江文次郎が死んだのだと噂で聞いた。そうかい、お前の世界は空っぽなんだね。ねえ、私一人くらい、その隅に置いてくれやしませんか。

//二つの孤独

【3ろ】…いない。何処にもいない。ちょいと目ぇ離した隙に二人とも見事に逃げ出しやがった。今度はしっかり捕まえたつもりだったのに、彼奴ら何時の間に。しかも、あんなにきつく縛った縄をこんなにもあっさりと。「畜生…彼奴ら将来優秀な忍になるんじゃねぇのっ…!」縄抜け専門のな。そう皮肉を呟いて迷子縄片手に捜索を開始する、保護者富松作兵衛の日常。

//迷探偵

【尾浜と鉢屋】よくもまぁ、こんな私の姿を見て尚物が食えるな。鉢屋三郎は半ば八つ当たりのように皮肉を呟いた。その言葉に、尾浜勘右衛門は表情を変えることなくまた一つ団子を頬張る。任務を終え学園に帰ったばかりの三郎は、ぼろぼろの装束とあちこちに出来た切り傷、頭巾と頬にはまだ乾かない誰かの血がべったりと染み付いている。こんな血生臭い奴が側にいると食欲も失せるだろう、とその様な意味で三郎は言ったのだが、勘右衛門は特に気にした素振りを見せることなく口を動かし続けた。「お前も食うか?」「…冗談は止してくれよ」肩を竦めた三郎は、目の前に差し出された団子を押し返す。勘右衛門はごくりと大きく喉を鳴らして、言った。「三郎は生きるために殺すんだろ。だったら俺も、生きる為に食べているのさ」それを聞いた三郎は呆れたように溜め息を一つ漏らし、お前には敵わないなぁ、と苦笑いで皿に残された最後の一本に手を伸ばした。

//生存欲求

【平と綾部】君はあの日確かにこの土の奥深くに埋められたのだから、此処を掘り返せばきっと会えるだろう。そう信じて、僕は深く深く掘っていったのに。出てくるのは、言葉を持たない白い骨ばかりで、そこで初めて君にはもう会えないのだと知る。僅かな期待を胸に幾ら待てども空っぽの器が笑うことは泣く。ねぇ、君は何処に行ってしまったんだい。見上げた空は青く澄んでいて、君の心は其処にあるのだと気づいた時には涙が頬を濡らしていた。あぁ、空は翔べないなぁ。冷たい穴の中動けない僕は、なんだかとても悲しくなった。

//翼をください

【不破と鉢屋】なあ雷蔵、もしも私が──。ああ、何でもない。こんな話は忘れておくれ。伝えたいことなど、一つも無いさ。
無数の刃が周囲を取り囲み、逃げ道は最早何処にも無い。…これだから、言葉というのは嫌いなのだ。それなくして想いを届ける術など何処にも無いというのに、私ときたら何一つ君に伝えることなく、今こうして最期を迎えようとしている。不器用な男だと笑ってくれ。情けない男だと罵ってくれ。全てが笑えない冗談さ。それでも私は…いや、止そう。そんな言葉、今更必要ないだろう。これだから、言葉は厄介なのだ。人を騙す手段の一つでしかなかったそれを、君は数えきれない愛に変えてくれたね。君の優しさに、私はどれほど支えられただろう。
痛みはない、恐怖もない。ただ、伝え損ねた言葉一つが頭に浮かんでは虚しく消えた。

//遺言

【食満と善法寺】未だ煙の燻る戦場の跡を一人駆ける。逢いたいと切に願った君は草むらに横たわり、まだ微かに息をしていた。留三郎、と呼ぶ僕の声に、僅かに綻ぶ口許。言葉を紡ごうとしたその唇から、血が溢れた。君の脇腹に深く刺さった苦無は、どうやらもう抜くことは叶わないらしい。きっと別れは近いのだと、段々と深く静かになってゆく呼吸が教えてくれた。君の震える指先が、僕の頬に触れる。やっとの思いで絞り出された掠れ声は、僕に六年間の感謝を伝えた。残された一分一秒が、尊く、悲しく、何より愛しい。別れを告げる声が震える。それを聞いた君は微笑み、そっと目を閉じた。戦場に強い風が吹き抜けて今、君を失くした世界が静かに動き出す。

//刹那

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