転た寝

※二人は初対面


とある山奥の団子屋に、肩を並べて腰掛ける少年が二人居た。特徴的な長い髪の少年、尾浜勘右衛門が、隣にいる少年、鉢屋三郎の顔をその円らな瞳で盗み見る。三郎は特に気にした素振りも見せず、ただ黙々と手元の団子を口に運んだ。

やあ、と先に声をかけたのは勘右衛門の方だった。ああ、と隣から返ってきた素っ気ない返事に勘右衛門はにこりと人の良さそうな笑みを浮かべて、訊ねた。


君は何処の者なんだい。

私かい、そういうお前こそ何者なんだ。訊ねたお前から答えるのが礼儀というものだろう。

最初の無口な印象と異なり、彼は思いの外饒舌だったようだ。淡々と紡がれたその言葉に勘右衛門は、えっ俺かい?と目を丸くした。


なあに、とある山奥だ。

へぇ、こんな山奥かい。

ああ、廃れた神社しか遊び場がなくて小さい頃は退屈したものさ。ところで、君は一体何処の者だい。


まあ、私も似たようなものさ。


へぇ、それは偶然だな。もしかして…何処かであったことがあるかもしれないなぁ。

ああ、ひょっとしたらそうかもしれない。

三郎はにやりと悪戯な笑みを浮かべた。

然し本当に何処かで会ったことがあるような、と勘右衛門は首を捻るも、まあいいかと団子をまた一つ口に放り込む。ごくり、と喉を鳴らしてから、また彼は新たな質問を三郎に投げ掛けた。


君も学校には通っているだろう。俺は座学が好きなんだけども、君はどうだ。

いやぁ、私は変装が滅法好きでね。

へえ、そりゃすごい。是非ともお目にかかりたいものだな。

はは、私の変装は高くつくぞ。


そんな冗談を言って、三郎は笑った。そいつは勘弁、と勘右衛門も愉快そうに笑う。


そこで、ふと思い出したかのように、三郎は勘右衛門に訊ねた。


しかしお前、何故態々こんな山奥の寂れた団子屋なんかに。町に行けばもっと有名でこ洒落た茶屋が幾らでもあるじゃないか。


なに、何だかんだ此処が静かで落ち着くんだ。


へぇ、そういうものか。


然し、とそう切り出して勘右衛門は続く言葉を飲み込む。先の笑顔は消え、彼は何処か深刻そうな面持ちで手元の湯呑みを見詰めた。

残念なことに近頃はそうとは言い難くなってきたんだ。

と、いうと?

最近、此処ら一帯の木が無差別に斬り倒されて、荒れ地になりつつあるのさ。この辺りを住処としている“狸”なんかも居場所を無くして、麓の畑で盗みを働いたり、それでもあちこちで餓死したり。


狸…ねぇ。


しかもその森林伐採の目的は、戦に使う木材が不足しているから、此処らに密集した幾つもの城が競ってこの地を荒らしているのさ。ああ…これだから、人間様は。“奪うため”の材料の為に、また多くの命を犠牲にすることを躊躇わない。とんでもなく強欲な生き物だ。

がちゃん、と乱暴に湯呑みが盆に置かれる。三郎はまあ落ち着け、と苦笑して彼を宥めた。


その言葉にああ御免よ、と勘右衛門は顔を赤くする。その様子をじっと眺めていた三郎が、ぽつぽつと語り出した。

然し、お前の気持ちも解らない訳ではない。何しろ私も此処の店が一等気に入っていたのでね、それには心底困っていたのさ。本当、何時の時代も人間というのは私利私欲の塊なもんだ。恩を仇で返し、恨み事ばかり根に持ち続ける。しかし、それ故面白い生き物だと、私は思うのさ。


三郎は愉快そうに口角を上げ、勘右衛門を見る。勘右衛門はへえ、そうなのかい、と不思議そうに首を傾げた。

此処の団子屋に来ると色々面白い客に会えるのだが、お前は随分と変わった奴だな。今日、こうして話が出来たのも何かの縁かもしれない。

ああ、俺も君と話ができて良かったよ。

さてそろそろ帰らなくては、と三郎が席を立つ。

そうだ、私の分の御代は此処に置いていくぞ。

ああ、確かに。

それでは、縁があればまた会おう。


三郎はひらひらと手を振り、そう言った。勘右衛門もああ!と声を張り上げ大きく手を振る。背を向けてから一度、勘右衛門は名残惜しそうに後ろを振り返った。然し其処に三郎の姿は無く、延々と木々が立ち並んでいるばかりだった。


掌の中で三郎が置いていった銭を弄び、勘右衛門は再び首を捻る。

はて、彼奴…やはり何処かで会ったような。


ふと気がつくと、何時の間にかその手には木の葉が数枚握られていた。


…ははっ、こいつはやられた。全く見事に化かされた!


“私の変装は高くつくぞ”


彼の言葉を思い出し、勘右衛門はまたくすくすと笑った。

成る程、確かに。


茶代を御代にするとは中々やるなぁ、あの“変装名人”め。


勘右衛門はそう呟いて、最後の団子を一口頬張る。


何処かで狐が一匹鳴いた、ある日の夕暮れのこと。



ーーーーーーーー


実は三郎が狐だった、というオチ。

途中「勘右衛門が狸か?」と一瞬でも思っていただければ何より。

狐である三郎は人間の姿自体が変装ということです。ちなみに雷蔵の姿ではなく、黒髪鉢屋の姿をしています。

勘右衛門が三郎に何処かであったかもと思ったのは、前に忍が仕掛けた罠にかかった狐を助けたことがあり、そいつが三郎だったからという裏話。

因みに「廃れた神社しか遊び場がなくて小さい頃は退屈したものさ」と勘右衛門の台詞がありましたが、これは三郎が祀られている稲荷神社のこと。


勘右衛門は忍術学園の生徒です。狸について熱く語ったのはフェイク。

そして実はタイトルがオチへの伏線だったり。転た寝→こっくり→狐狗狸→狐…というただの安藤先生です(笑)

[ 9/29 ]




[しおり]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -