そのことを含めて望ちゃんから「あなたと太刀川くんって本当に仲が良いわよね」と言われたものだから、私が太刀川にかけられてきた迷惑の数々をかいつまんで紹介してあげた。
「まず高校時代はあいつのせいでよく知らない女子に校舎裏へ呼ばれてた」
「それでなまえがボコボコにしたって話でしょう」
「ボコボコにはしてない!」
ちょっと平手で殴ってお帰りいただいただけだ。
太刀川と出会ったのは高校の時。一年の時も同じクラスだったけれど私がボーダーに入るまでは関わりなんてなくて。親しく話すようになったのは高校二年に上がってからだった。同じボーダー隊員だったし、個人戦で競い合うのが好きだったし、話せば気安くてあっという間に意気投合。それを彼女だか片思いだかが嫉妬して呼び出しを食らった。
もちろん素直に最初は距離が近いことに関して「ごめん。気を付けるね」と言ったのに、それで引かなかった相手が悪い。胸倉を掴んで「二度と近寄らないでよ! ブス!」と啖呵を切られたもんだから思わず手が出ちゃって。今となっては、太刀川ごときの話で私が大人気ない対応をしてしまって、申し訳ないことをしたと思っている。確かその子の頬は私のせいで酷いほど腫れていた。
「あと勝手に泊まりにくる」
「でも毎回律儀になまえの承諾を得ているわよね?」
「酔って意識も朦朧としている時に得る承諾ってなによ」
「あなたが許可していることには変わりないわ。結局なまえは無意識下で太刀川くんを受け入れているってことでしょう?」
「ソンナコトナイ」
「それよりも、酔って朦朧とした状態のあなたを一人にしないところに、私は驚いたわ」
「深く考えてないって。あいつは家に泊めてもらいたいだけ」
うちが太刀川の住んでいるところより大学に近くて、一晩共に過ごしても面倒なことにならないし、多少開けっぴろげでもなんとかなるから私を頼っているだけ。その他のことは一切深く考えていないだろう。他に考えていることがあるとしたら、戦闘のこと九割と残りの一割できな粉餅のことぐらいだ。
「でもこの間、私達があなたの家に飲みに行った時、太刀川くんノンアルコール飲んでたわよ」
「え、あれって望ちゃんじゃなかったの?」
「ええ。そういえば、あの日太刀川くん「今日は飲まないんだ」って言っていたけれど、“なまえの家に泊まるから”だったのかしら」
「私の家に泊まるから飲まないなんてないない。望ちゃんが見てないとこで飲んでるよ絶対。だって私も太刀川もあの日寝落ちてたもん」
みんながいつの間に帰っていったのかも覚えてないが、私は自分のベッドの上で布団まで被って眠っていた。朝起きたら太刀川が勝手に風呂入ってはいたけど、特に何もなかった。にもかかわらず、ノンアルのお酒がどうのって望ちゃんの前では話したってことは――
私は思わず目の前で器用にパスタをフォークに絡めている望ちゃんへ視線を向けた。二人が並んだら美男美女すぎないか!? 絵面の暴力がすごい!
「もしかして! 太刀川の本命って!!」
「どういう思考回路しているのかしらね」
「それがわかれば、忍田さんも苦労しないよ」
「……呆れた。私はあなたの事を言っているつもりだけど」
うわ。望ちゃん心底呆れたって顔しても美人だわ。太刀川の本命、なんて言われたらそりゃそんな顔もしたくなるよな。えっと、それでどこから私の話してた?
きょとんとしたまま首を傾げる。「鈍感」と言われ、少し考えてからようやく辻褄が合う。望ちゃんの言いたいことは、つまり太刀川の本命は私だと言いたいのだろう。ああ、またこの面倒な説明作業をしなければならないのかと溜息を吐いて「あのね」と切り出した。
「この間さ、諏訪さんちで飲み会があった時、太刀川と買い出しに行かされて――」
酔って楽しくなった気紛れに、太刀川の家へ泊まった。あの日も随分と酔ってはいたが記憶はきちんとある。寄っていた私はほんのちょっとだけ興味が出て、太刀川を試したのだと思う。服を脱いで下着だけで奴のベッドへ寝てやった。
酔っていて、無防備で。事を致すには十分な状況じゃない? 無理矢理にでもそういう雰囲気にもっていかれるかと思っていたのに、朝起きても私たちの間には何もなかった。
「さすがにこれで手が出されなかったんだから、私のことは女として見てないって、立証されたわけ」
太刀川は「違わない」って否定した。私は他の女の子と違わないって。でも、じゃあなんで手を出さないの?
だからその言葉は、あの状況で出たジョークだと私の中では処理された。
「寂しかった?」
「なんで私が寂しくなるのよ? これではっきりしたなって確信した」
「ふーん」
「それに太刀川また彼女できたみたいだしね。いい加減、大学内で太刀川に絡むのやめるわ」
花柄スカートの年下の可愛い女の子。お似合いだった。また私の存在が彼女の気を揉ませ、間を裂くような結末にはしたくない。
あの子はとても献身的そうだった。従順で真っ直ぐで。たくさん太刀川へ愛を注いで、太刀川だけを好きでいてくれるだろう。そしたらあいつも心を入れ替えてくれないだろうか。
「その宣言をするために、私は今日ランチに誘われたのかしら」
「え、うん。そうだよ。宣言というか……心の整理?」
「そう。残念ね。ついに、やっぱり太刀川くんが好きって言い出すのかと思っていたわ」
「言うわけないって」
「……それもそうね」
望ちゃんの言い方にはとてもとても含みがあるような気がした。仲の良い友人に理解してもらえないのは悲しいが、私の気持ちははっきりしている。私が太刀川を好きになるなんてありえない。いったい今までどれだけの女の子が泣かされてきたことか。その恨みを一手に引き受けるようなバカな真似はしたくない。
「むしろあんな女ったらしの太刀川を私に押し付けようとしているなら、望ちゃん酷くない?」
「だって献身で、従順だったら変わるんでしょう?」
「そうあって欲しいって願望だよ。あいつおバカだしさ、尽くされたら嬉しくてコロッと変わらないかな?」
「献身的で従順でも、なかなか動かない心もあるけどね」
私はこの時とてもとても勘違いをしていた。望ちゃんの最後の言葉は、太刀川が歴代の彼女に対して心が動かなかったって意味だとばかり思っていた。