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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

11 結論

 ばかじゃないのばかじゃないのばかじゃないの?
 私は逃げ出した。勢いよく立ち上がって、驚く望ちゃんと太刀川をその場に残し、荷物も何もかもそこへ置き去りにして。
 全力で走ったせいか心臓が痛い。顔の熱も引かない。つつじの垣根の裏。晴れた青い空の下。座り込んで私は何度も深呼吸を繰り返すのに、ちっとも落ち着かなかった。

「友達だったじゃん」

 友達だった。個人戦したり、共闘したり、一緒に飲み会したり、徹夜で課題やったり、みんなで旅行に行ったり。私たちは間違いなく友達だったのに昨日一線を超えてしまった。友達には戻れないし私の気持ちは引き返せないところまできている。

 いいのか私!? あの男はタラシだぞ!

 ダメだ。ダメかもしれない。私があの男の中で一番になれるのか? 一番で居続けられるのか? ユキちゃんや花柄の子のほうがよっぽど可愛いし尽くしそうだった。それを差し置いて私があの男の隣りを歩けるのか? みすぼらしく感じないか?
 待て待て……なんで私が太刀川よりユキちゃんより花柄の子より劣ってるみたいに考えなきゃならないのか。
 付き合うって、お互いが好きなら釣り合うとかそういうの関係ないじゃん。やになってきた。そもそも私が好きなんじゃなくて、太刀川が私を好きだって言っているわけだし。私が強気な態度でいていいはずでしょう?

 私は膝を抱えていた。なんで私なんだろうって何度も問いかけながら。付き合いが長いから? そばにいたから? 一緒にて気楽だったから? そんな人この世にたくさんいるよ。

「見つけた」

「なんで見つけるのよ!」

「一昨日ぐらいに迅から聞いてた。なまえがひゃくめんそーでつつじの裏に隠れてるって」

「百面相な! 百面相してないし! 余計なこと言うなよ迅くん! だいたい一昨日って――ナニまで視たのよ!」

 一昨日から今日までの流れを思い出してまた顔へ熱が上った。百面相じゃない。まだ十も顔変えてないし。
 ケラケラ笑って私の隣りへ座る太刀川の距離が近い。いつも通りといえばいつも通りなのだけど、今思えばこいつの距離感ずっと昔から近い。交通事故のあとからだったような気もするけど、それは太刀川なりに心配してくれていたのだと思う。気が付いたらお互いに染みついていた距離感は、いまさらよくよく考えれば、恋人と同じほど。
 
「迅は何を言ったらなまえの機嫌が直るかなんて教えてくれなかったんだよ」

「音までは聞こえないSEだもんね。自分で考えたら?」

「んー。泣いてもい?」

「ダメ」

 返答をわかっているから意地悪く笑ってそんなことを言う。

「夢に見るほど俺に泣かれたら困るのか?」

「困る。太刀川だって私が泣いてたら困るでしょ? 泣いたのが、困ったから……こんなふうに女扱いして好きなんて適当なこと、……言って、慰めてるだけでしょ。ありがと。もう、だいじょうぶだから」

 意地悪さはなくなったけど、今度は困ったように眉間に皺寄せてんの。横目でそんな表情を確認して、今自分で口に出したことへ勝手にショックを受けて、抱えた膝に顔を埋めた。絶対に泣かない。泣かないけど、これはつまり期待していた自分がいたのだろう。バカじゃないの。なんで勝手に「太刀川が私を好きかも!」なんて一喜一憂したの?

「適当なこと言ってねぇよ」

「じゃあいつから好きだったわけ? 言えないでしょ?」

「お前めんどうくさい女だなー」

 そうだよ。面倒くさいよ。すっごく拗れてる。素直に受け取れないよ。だって思考が追いつかないのに気持ちばかりが先走っている。
 面倒くさい女って言いながら笑っていた男は、一度だけ深い瞬きをした。ゆっくりと、長い。

「“慶”って呼ばれた時から」

「…………それってこの間じゃない」

「お前が覚えてないだけで、ずっと、前の話だ。その時気付いたんだよ。俺はずっとお前を好きだったんだって」

 いつだっただろうか。太刀川がふざけてなまえと呼んだことはあったけれど、私は呼び返しただろうか。あの時も太刀川が付き合っていた彼女がヤキモチ妬いて――どうなったっけ?
 高校時代のことだからといっても三年前程度だ。しかし靄がかかったみたいに思い出せない。私が「慶」と呼んだだろうか。大学に入ってからもどうしてか呼べなかった。理由までは思い出せないけれど、何かが憚った。壁があった。一度呼んでしまった今では、それも自分の思い込みだったのかもしれないのだが。

 考え込む私を邪魔するように太刀川は手を伸ばして、頬へ触れてきた。

「考え方を変えようぜ。付き合ったって友達でなくなるわけじゃないだろ?」

「え、まぁ……」

「友達よりできることが増えるだけ。手が繋げて、キスして、セックスができる」

「あんたの頭はそれしかないんか」

「うーん…………今はないな。めちゃくちゃにシたい」

 太刀川らしいといえば、太刀川らしい。自分の欲求に素直に生きている男に今にも押し倒されそうだが、あまりにもいつも通りな太刀川に私まで気付いたら笑っている。
 横の男は、立ち上がったかと思えば、手を引いて勢いよく私まで立たせた。すっと抜けた真剣さの代わりに、いつもみたいに頬を緩ます。

「デート行こうぜ」

「は? なんで?」

 その返答に太刀川は「俺のこと好きになってもらうため」と言ったけれど。



 今日は私の家へ泊まりにくるらしい。太刀川のいうデートに付き合ったあと、本部へ向かう私に「荷物取ってくるから先に行ってろ」と言われ首を傾げたが、「待たせたな!」と意気揚々と枕を抱えてやった来た男に呆れた視線を投げたし、迅くんには「おれとうぶんみょうじさんのこと視ないでおこ〜っと」と逃げられた。あれは“荷物取ってくる”ではなく“家出”に相当する。訂正しよう。あの男は泊りにくるのではなく、引っ越す気らしい。
 帰りに立ち寄ったコンビニで適当に食料を買い込んで、ついでにお酒も補充した。以前望ちゃんが、太刀川がノンアルしか飲んでいないと妄言のようなことを言っていたが、確かに太刀川がカゴへ突っ込んでいるのはノンアルだった。

「太刀川、それノンアルだよ?」

「おお」

 え、もしかして殊勝にも彼女の前では飲まないってこと? あ、……私、彼女ってことで良いんだっけ?
 聞いてもないのに「酔うと感度が下がるからお前がノンアルな」と嬉しげに理由を説明してきて、色んなことを台無しにしていると気付いていないのか。

 お会計を済ませて私のアパートへ戻る。昨日は太刀川の家へ泊まったから、二日ぶりの自分の部屋だが、いつもと違って落ち着かなかった。人の冷蔵庫へ買ってきたものを勝手に片付けている太刀川は、聞いたことある音調の鼻歌をうたう。でもドキドキと鳴る心音がそれさえも掻き消しそう。

「ねえ。大事な話があるの」

 私は声が震えないように精一杯だった。体が震えるのまでは止められないけれど、拳をつくって絨毯の上に正座をする所作で上手く誤魔化せていると思う。言葉にする先のことを思うと、どうしてか不安でしかたなかった。こちらにつられて太刀川まで真剣な顔するものだから、余計に不安を煽る。

「なんだよ」

「ちゃんと言っておこうと思って」

「……なに?」

「好きだってこと」

 いっぱいいっぱいだった。正直涙出そうなほど切羽詰まってるというか、必死で不安で、太刀川の言う言葉を鵜呑みにしていいのかわからなかった。それでも、多少なり太刀川に本気が見えたから私も誠意をもって応じるべきで、自分の気持ちも素直に伝えようと思った。決して「はぁ!?」と言われるようなことを言ったつもりはない。

「バカ。好きじゃないとか付き合えないって言い出すのかと思ったじゃねえかよ。俺の不安返せ」

「ちゃんと伝えておこうと思ったの」

「ふーん。んじゃ、どのくらい好きか教えて」

「メッチャスキー」

「ちゃんと本気で」

 床で膝付き合わせてなにやってんだろう。そんな現実的なこと浮かれた今の私たちには考えも寄らないこと。

「んー……このくらい」

「そんなもん?」

 両腕を広げてみたが足りないらしい。少ないもっと好きになってと不貞腐れる太刀川よ。私を夢中にさせるのはお前の仕事だぞ。

「ハイハイ。これで満足?」

 ぎゅっと太刀川の頭を抱きしめた。これは結構なサービス。私のなかで色々なものをかなぐり捨てている。
 一昨日までは友達だった。今日からは違う。明日もたぶん今日の続き。

「俺がどのくらい好きか教えてやろう」

 こちらを見上げた太刀川はにやっと笑う。腰に回された手はしっかりと私をホールドしていて、ここで「結構です」と言ったところで離してはもらえないだろう。それが今なのか、今夜中なのか。ほら。私の体はあっという間に抱えられてもうベッドの上だ。
 わざと勿体つけるように、太刀川の目を見つめて黙る。沈黙に耐えられる関係ではないためふはっと互いに笑って誤魔化したけれど、熱い頬も泳いだ視線もきっとバレバレ。

「教えて、慶」

 どのくらい好きなの? いつから好きなの? そんなこと口に出してもう聞かないけど、そのわかりやすい態度で示して。






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