うわー。やらかしたなー。これ忍田さんにめちゃくちゃ怒られるやつだ。まさかトリガーを取り上げられるなんて思ってもみなかった。
身動きをとれば埃が舞ってしまうから、じっと膝を抱えて身を縮め、できることはないから眠って過ごしていた。季節に助けられ、寒いとか暑いとかないのが幸い。なんとか暗闇に目は慣れてきたけれど、擦りガラスから入る細い月明かりだけでは何も見えないに等しかった。
あらゆるポケットへ手を入れてみても、携帯やトリガーも無ければ飴の一個もない。
「今日、風間先輩と訓練してもらえるはずだったのに」
こうなったことへの怒りよりも悲しさよりも、悔しさが強い。
なんで私は太刀川と友達じゃいけないの?
お昼にあったことを思い返しても、悔しさが込み上げてたまらなく詮無い気持ちになる。太刀川と友達でいることが苦しい。
『あんた友達友達って言ってるけど、ボーダーでイチャイチャしてるじゃない! それって、本当は彼女である私に嫉妬してるからでしょ!?』
それに言い返せなかったのは事実だからではなくて、この子そんなに太刀川のこと好きなのか、とか、必死なんだ、とかそんなことをボケッと考えていた。
『慶を自分のものにしてたいだけじゃない! 人の恋愛を黙って見守れないなら、そんなのっ、好きって言えないだけの卑怯者じゃない!』
好きじゃないし。独占したいとも思ってないし。太刀川の恋愛にいちいち口なんて挟んでないわよ。
この女一回殴ってやるって頭にきたのに、手は出さなかった。出させないよう心が歯止めをかける。言い換えれば、その言葉が胸に刺さってしまった。
そうして気が付いたら、そばにいた男子に掴まれて、呼び出した本人である太刀川の元彼女さんに、ポケットへ入れていた携帯とトリガーを奪われてしまった。突き飛ばされて尻もちをついていたら二人はこの倉庫の外にいて。光が閉ざされていった。信じらんない。閉じ込められた。マジ陰湿じゃん。きっと夕方には見回りの先生が来るだろうし、最悪明日にはどこかのクラスが開けてくれるはず……きっと。
泣ける程の状況じゃないけれど、溜息だけは漏れた。
風間先輩がこの状況を知ったらきっと「油断しているからそういうことになるんだ」と叱責されるだろう。諏訪さんにはゲラゲラ笑われるだろうし、迅くんには「視逃がしてたごめん」となんでか謝られてしまうだろう。太刀川は――
堂々巡る“どうして友達ではいけないのか”問題。彼女に嫉妬していたかと聞かれればノーだし、独占したいのかと問われてもノーだ。でも好きなのかと聞かれればよくわからないし、それをふまえれば卑怯者と言われることは、確かにそうかもってなった。
恋愛感情で人を好きなったことなんてまだないのに、これがそうだとはっきりと言い切れない。
自分の気持ちはこんなにも曖昧だけれど、わかることはある。
こんな状況になって私が太刀川を好きだなんて言ったら、……言ってしまったら、太刀川絶対断れないじゃん。
あいつおバカさんだしダメな男だけど、すごく、いいやつだから。よく考えもしないで、こんな私に同情して、「お前が悪い事に巻き込まれねーなら付き合う」って、絶対言っちゃう。
…………それは、望んでない、かもしれない。
なんとも思ってなかったのに、突然胸の辺りがシクシクと痛んで込み上げてきそうなものがあった。それを一生懸命堪えるよう、もう一度ぎゅっと膝を抱える。
太刀川の困った顔、みたくないなぁ。
大きな地響きが聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。
―付き合うことになったあと―
※迅さん視点
「ニートのおれをこんなとこ呼び出すとか」
たくさんの同年代の人がいるのに、自分が浮いてるんじゃないかって思う。実際浮いてると思う。だって、振り返られるしこっち見てる人何人かいる。おれ結構小心者なんだけどなぁ。居心地悪くてしかたない。
「好きなもん食っていいぞ」
「うわそれめちゃくちゃ下心あるやつじゃん」
発券機に万札入れてドヤ顔で仁王立ちしてる男そうそういないよ? 写真撮って忍田さんに送ったらいい?
普通なら「頭大丈夫?」って聞くとこだけどこの人相手だとそんな言葉も通じないだろう。渋々、肉うどんのボタンを押したら、遠慮すんなとA定食とかコロッケ定食とかボタンを連打される。視なくても食べきれない未来が視えた。
そもそも今朝すぐに、今日は疲労困憊になって帰る未来が視えている。
「太刀川く〜ん、その子だ〜れ?」
話は進まないままうどんをすすっていると、綺麗なお姉さんがたが数人やってきて。後輩とかボーダーでのライバルとか余計な紹介をされる。まぁーじで勘弁してください。
明らかに太刀川さんに対する好意がある態度を知ってか知らずか、適当に上手いこといなしている様子をしばらく見ていたら、うどんはあっという間になくなった。
こんなこと早く終わらせたくて、お姉さんがたが捌けたのを見計らって単刀直入に用件を聞く。ついでにコロッケも一個つまんだ。
「それで、何を視させてるわけ?」
「なまえに関わりがあるやつ」
「……それは良い方で? 悪い方で?」
「悪い方で」
「俺の目の前にいるさ、男が」
笑ってるつもりか知らないけど、あんたが一番悪い顔してるよ。
ああ、なるほどね。そういうことね。がくっと項垂れた。この人はみょうじさんのことになると、時々すごく不器用だし怖いほどにストイックになることがある。原因は数年前のあれだろう。おれも視逃がしていたことだったからよく覚えてる。あんなことになる前に、太刀川さんがちょっと行動を起こせば変えられた未来だったのに、なぜかことごとく読みを外され、二人はずるずるとした関係を続けていた。
せめておれがどちらかにこの未来のことを話していれば、変わっていただろうか。
呆れた溜息をわざとらしく吐いて、周囲を見渡す。一度には処理しきれないほどの情報量。目眩がするしよっぽどのことがない限り、本当はこんなことしたくない。けど、数年前みょうじさんの未来を変えられなかったことは、自分にも責任感じているところがある。これは明らかな身内びいきなやつ。
「今のとこ、みょうじさんと揉めるような……」
「ような?」
「……」
「なんだよ?」
あー!! もうバカじゃないの!? なんでこの人たち付き合い始めたってわかってんのに視ちゃったかなぁ!? 知り合いのこういうの視ちゃうのが一番嫌なんだよ! 太刀川さんはいいとしてもみょうじさん可哀想……。
自分のどうしようもない能力を呪いながら、熱い顔を手で煽いだ。
「なんだよ。なにが視えたんだ?」
ニヤニヤ笑っている太刀川さんはきっとおれがみた未来に察しがついたのだろう。咳払いして平常心を装う。
「言っとくけど、あんまテクいことすると嫌われるよ」
「ほう。それは嫌がってねぇやつだな」
「もーいやー。おれ帰っていーい?」
「ダメ。肉うどんとコロッケ食ったろ」
この人から解放される未来も、唯一の救世主であるみょうじさんがここへ来るのもまだ先になるって、おれのサイドエフェクトがそう言ってる。