×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -
02 思わず手を伸ばして


 翌日土曜日、三時頃になって本部の個人戦ブースが並ぶロビーへ顔を出したら、ずんずんとすごい剣幕で詰め寄ってきたのには驚いた。わお、意外と積極的。

「これ。母さんがどうしてもお礼しなさいって言うから、お菓子入ってる」

 いつも教室で見かけるゆるっとした笑顔ではなく、むすっとした顔で渡される紙のショップバック。中身は昨日肩にかけてやった制服といいとこのどら焼きが二つ入っている。

「…………ありがとうございました」

「すっげぇ不服そうじゃん」

 彼女はぎっと音が聞こえそうなほど強い眼力でこちらを睨むけど、怖さというよりこんな顔もすんのかと驚きが混じる。

「写真、消してよ」

「お礼だろ?」

「お礼はこのいいとこのどら焼きあげるから、写真は消して」

 それはできない相談だな。オレ別にどら焼きの良し悪しはわかんねえし。そう言ってしまえば、あの写真はそれ以上に価値があるという意味合いに取れるとも思うんだけど。みょうじさんはそんなことには気付かず「なにが好きなの? 買ってくるから」などと言うわけだ。自ら進んでパシリ宣言。
 座れよとベンチの隣りを開けても彼女は座ってはくれない。

「いつから待ってたの?」

「……写真」

「まさか朝から?」

「消して」

 恨みがましいみたいな顔されてウケる。みょうじさんの表情変化が面白すぎる。ここで笑ったら余計に機嫌を損ねそうだからとりあえず堪えた。
 朝早くから待たなくても、三輪隊の隊室や誰かに預けるなりすればいいのに。そこまでしてあの写真消してほしいのか。

「連絡くれれば良かったのに」

「米屋くんの連絡先知らないもん」

「そ? じゃ、交換しよーぜ」

「しない! そうじゃなくて、写真消してよ! あんな写真どうするつもり?!」

 どうするも、こうするも……。こんな真昼間に公衆の面前で、とても説明できないんだけど。雨で濡れて下着の透けた姿はとても欲情的でした。ごちそうさまです。とは口が裂けても言えないから愛想笑いで誤魔化す。
 少しの沈黙の間、彼女は探るようにこちらを睨んでいたがなにを思ったか途端に顔を赤くして視線をそらした。お、正解わかった?

「よ、よねやくんの、変態っ!!」

「え? なに想像したわけ? そういう考えに辿りつくみょうじさんのが変態じゃん」

 反応が面白くてついついからかっちゃうんだよなあ。惚けて「みょうじさんのえっち〜」と笑うと、大きな声で否定して注目の的。周りと目が合いあわあわとする様子もかわいくてしかたない。
 クラスで目立っても気にしないって感じのタイプではないから、注目を浴びるのは彼女にとってさぞかし辛いだろう。少しでも身を小さくしたいのか、ようやくオレの隣りへ腰を下ろす。

「じゃあさ、オレと個人戦しようぜ」

「なんでよ」

「オレがしたいから」

「し、しない! 私はしたくない!」

「勝ったら写真消してやってもいいよ」

「勝てるわけないでしょ!? 私チームも組めてないB級下位なんだよ!?」

「でも勝てたらポイントもたんまりだし、写真も消せて一石二鳥じゃね?」

 みょうじさんって意外と浅はかというか。マジメだから時にボケてんのか。目先へぶら下がるニンジンについて真剣に考えてる顔かわいい。
 正直、十本勝負したって一本も取れないだろうけどね。それは彼女もわかっているはずなのに、唇を引き結んで瞳には闘志を燃やす。そういう顔も嫌いじゃない。

「勝てないのは大前提だから、五本中一本取ったら写真は消してやるよ」

「ぜったいギャフンと言わせてやる」

「うっわー超雑魚キャラの台詞じゃん。しっかり手加減しねえよ」

 みょうじさんは案外ノせやすい。ここへ来た時同様ずんずんとブースへ入っていく。上手く扉が開かなくて顔ぶつけるところまでしっかり見届けてから、自分も入った。歩くギャグかよ。

「鼻、大丈夫?」

『み、みてたの?!』

 ぶつかりかたが盛大すぎて誰も声かけられねえ雰囲気だったの面白すぎんだけど。とは言わないが、通信の声だけで彼女の焦りと恥ずかしがっている雰囲気は察せられた。
 彼女のそんな失態に昨日の朝のことを思い出す。



 朝一でみょうじさん見れてラッキーぐらいの気持ちだった。目が合ったわけでもないのにすすんで挨拶なんてできないから、適当な距離を開けてその後ろ姿を追う。

「よ、槍バカ」

 角を曲がったところで出水と三輪と合流してもその背中は見えていた。適当な会話をしながらも、意識は彼女へ向く。今日はまだ髪結んでないのか。体操服持ってるけど、今日体育なかったよな。
 自分のゆるく浮ついた気持ちを、突如急ブレーキの音が現実に引き戻させた。信号のない横断歩道で左から飛び出してくる車と渡りかけているみょうじさんの後ろ姿。間に合わないとはわかっていても足は駆け出そうとしていたし、右手はポケットの中のトリガーを掴んでた。

「――ッぶねだろおが!!」

 駆け出した足は一歩二歩と速度を落とす。車はみょうじさんのほんの数センチ手前で急停車した。運転席側のウィンドウが下がり、いかにも怖そうなオジサンが顔をだして怒鳴りつける。氷のように身を固めていたみょうじさんも飛び上がって「ごめんなさい」と頭を下げ逃げるように走って行った。

「あぶねー……みょうじさんあとちょっとで轢かれてたぞ」

 伸ばしかけた手を引っ込めている間に追いついた二人。危ないなんてもんじゃない。内臓が冷える感覚だった。
 ポケットの中で握りしめていたトリガーを離す。これをオンしたところで自分に何ができただろうかと考えて苦笑い。生駒さんみたいに旋空弧月を伸ばして車を真っ二つにでもするつもりだったのか。そんな技術ねえよ。グラスホッパーもセットしてねえし。どうやったって――

「間に合わなかったな」

「おい、三輪それ言ってやるなよ。槍じゃどうやったって十メートルは埋めれないんだから」

「お前らなぁ……別に怪我人出なかったから良かったんだよ!」

 言い返す言葉もねえよ。自分のセットトリガー見直そうかとさえ思っちまったわ。
 事故未遂現場まで行くと、見たことある人形が落ちていた。そのキャラクターを知っているから見たことがあるというわけではなく、これを持っていた人物に思い当たる節がある。まあみょうじさんなんだけど。さっきの拍子で落としたんだろう。
 拾ったら会話のきっかけも一緒に拾えたような気がいて、出水たちにはバレねえようにぎゅっと握りしめた。情けないことに、放課後まで返しに行けなかったとしても、ね。



 意外にも換装体で会うのは初めてでワクワクは止まらない。
 彼女の戦闘服はどこにでもありそうなシンプルデザイン。タイトなホットパンツとロングブーツ。普段は制服のスカートで隠されている絶対領域を際立てている。露わになっているのは二の腕も一緒。なにこれ。換装体とはいえ、すっげえオレ得じゃん。
 みょうじさんが構えたのはレイガスト。攻撃力では弧月にもスコーピオンにも劣り防御力を誇るしかない武器だと思っているが使い方によってはなかなか強い。……大剣女子かわいいからって侮るなよ、オレ。

 とか思っていたのに。

「よっわ。激弱じゃん、みょうじさん」

 杞憂返して。マジで弱いB級下位ってこんな弱いの? これでネイバーと戦えんのか?

「っう……うるさい! よねやくんのばか!」

「負けて泣くとか、かっこわるー」

 泣いてないもんと彼女は目元を拭いながら「帰る」と立ち上がった。だって結局二十戦もやってまさか全勝できるとも思ってなかった。これでも慣れない手加減をしたつもり。そもそも本気出すほどでもなさすぎて。

「待て待てー。このまま帰したら、オレが泣かしたみたいに見えるじゃん」

「泣かされたもん」

「やっぱ泣いてんじゃん。まぁまぁこれやるから元気出せよ、な?」

「これは米屋くんへお礼にあげた、いいとこのどら焼きです」

「強調するねー。二個あるからてっきり一緒に食べよ、って意味かと思ってたぜ」

 意味がわからないというふうに泣き顔を傾けている。袋を開けてその手に持たせてやると大人しく隣へ座り「ありがとう」と躊躇せずかぶりついていた。食べたかったんじゃん。すぐそばの自販機で緑茶も買ってあげると、なーんか餌付けしてる気分。いいとこのどら焼きなんだろ? 味わって食えよ。
 涙も止んだその顔は甘さに溶ける。

「次は勝つから」

「ハイハイ。なら、今日はオレが勝ったから一つお願い聞いてもらおうかな〜」

「え」

 激弱のみょうじさんから微々たるポイント取り上げたのに、姑息な手段も取っちゃう。
 泣くし幸せそうな顔するし青ざめるし、表情コロコロで忙しいやつ。



「なまえって呼んでもいー?」






[ 02 思わず手を伸ばして ]