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03 負けたくないと思った


 痛みのない首に感じる違和感はどう説明していいのかはわからない。でも、視界には首以下の自分の体と米屋くんのニタリとしたケバケバしい色の猫のような笑顔が見えているから、この状況を説明するとしたら“殺された”だ。
 一瞬の暗闇の後、背中からの落下。何度経験しても慣れないのはこの臨死体験のようなものよりも、敗北感だった。

「くやしい」

『おーおーいいね。もう一回する?』

「しない。もう米屋くんとは対戦しない」

『んじゃ、他のヤツ捕まえよー。お疲れ、なまえ』

 また後で来いよ。なんて気軽に言うぐらいなら、手加減を覚えてほしい。
 さすがに可哀想だからって点の取り合いではなく、ただの模擬戦として戦ってくれているけれど未だに一勝もできない。最初の二十戦からさらに百は超えるほど戦ったと思う。戦闘員向いてないのかもといい加減泣ける。
 もやもやとする気持ちを癒すべく、甘い物でも買いに行こうとロビーへ出た。

「よ、みょうじさん。今日も惨敗だな」

「出水くん。見てたの?」

「うん。みょうじさんの負けっぷり面白いから」

 米屋くんは最近学校でも気軽に絡んでくるようになった。ほとんどが「昨日勝ったから宿題見せて」だけど。そのせいで、出水くんや三輪くんとも会話する機会が増えてもいる。ずっとチャラ男の集団だと思っていたけど、その認識は少し前に改めた。少なくとも三輪くんは宿題見せてとは言ってこないし、出水くんは戦闘開始そうそうぶった切ってくるような殺し方はしない。

「悔しい! 勝てない!」

「まあまあ、あのバカもそのうち手加減覚えるから」

「手加減されて勝っても嬉しくないよ! 全力で倒したい! ギャフンと言わせたい!」

 B級隊員の端くれとはいえ、私だって戦闘員だ。A級隊員に勝とうなんて思ってはないけど、せめてもう少し善戦したい。ちっぽけなプライド一つくらいは守り切りたい。

「ギャフンって……じゃあさ、おれんとこの作戦室で米屋のログでも見る? なにかコツ掴めるかもよ」

「いいの!? 私B級だよ? A級の、しかも一位様の作戦室なんてところにお邪魔してもいいの?」

 どこの隊にも所属しておらず、作戦室なんて未知の世界すぎる私に「寝室とカニとみかんのあるゲーム専用の部屋だから」と、想像もできない説明する出水くん。みんなでゲームしたり鍋パしたり餅焼いたりしているのだとか。それは本当に作戦室ですか? 寮かアパートの間違いではなくて?
 ひとまずA級一位様のお宅へ手ぶらでは行きにくくて、本部の下にある売店で適当にお菓子とジュースを買ってからお邪魔することにした。



「ほうほう、きみが最近話題の米屋くんに勝ちたいみょうじちゃんかね」

 作戦室は出水くんの言っていた通り、ごちゃっとしていた。大きなモニターにゲーム機が繋がれて、謎のカニ時計と箱でみかんが置いてある。それにソファーで大きな人が眠っていて、あれはもしや……と思うと体がすくむ。そしてそこへ、ふわっとした雰囲気の国近先輩が居るものだから、この部屋にある物、者すべての主張の激しさに自分の影は抹消したような気さえした。さすがA級一位部隊……。

「あ、あの、お邪魔します。これ下で買ってきたものですけど」

「気が利くねえ。三輪隊のログをみたいんだって? 今、太刀川さんが寝てて邪魔だからこっちにおいで〜」

 案内されたのはリビングのような部屋のさらに奥で、そこにはたくさんのゲーム機やらが置かれていたが、“近界民と戦うボーダーの作戦室”には不釣り合いすぎるのに、この部屋には馴染みすぎているそれらを見なかったことにした。
 案内されるままオペレーター用のモニターの前に座る。モニターには過去に行われた模擬戦の一覧が並んだ。国近先輩と出水くんが「これなんかいいんじゃないっすか」と選んで表示されたのは太刀川隊と三輪隊がランク戦をしている時のもの。二人もどこからか椅子を持ってきて私の横へ座り、米屋くんの戦い方やウィークポイント、癖、さらには戦闘の基本のようなものを説明してくれる。あ、自分のかっこいいところの説明はいらないです。



 そうこうしていたら自分たちの後ろへギャラリーが増えていることにも気付かず、何時間かだいぶ集中して見てしまっていたらしい。

「米屋のことすきなの?」

「ぎやぁっ!!?」

「ぎゃーーー!?」

 にゅっと横から覗きこまれて心臓が飛び出るかと思った。もさりとした頭は元々なのか、寝癖なのか。覗いてきたのは太刀川さんで、私の声に驚いたのは唯我くんだった。
 二人ともいつの間にこちらの部屋へ来たのかまったく気付かなかったんですけど。

「なになに? なんでみんなで米屋観察してんの?」

「この子が米屋をギャフンと言わせたいらしくて、今奮闘中なんすよ」

 出水くんによって雑に紹介されたあと、太刀川さんは「ほうほう」とこちらを見ながら頷かれる。一番最初の質問に対して否定するタイミングをすっかり逃してしまった。
 ランク戦のモニター越しでしか見たことない太刀川隊が、いま目の前に勢ぞろいしている状況は、例えるなら人気グループアイドル……いや、むしろ皇族にでも会っている気分だ。学校でも話せるからすっかり出水くんにも馴染んでいたけど、この人もすごい人だった。場違い感に冷や汗さえこぼれ落ちる。

「なら、なまえチャン。俺が鍛えてやろう」

 ぽん、と手が肩に置かれすごくいい笑顔でこちらを見ている太刀川隊隊長、太刀川さんに私は恐怖で気絶しそうになった。



 子弟の関係を結び戦い方を学ぶ、というより一方的にドカドカとやられている状況。唯我くんと一緒に「いじめだ! 暴力だ!」と泣き叫んでも攻撃の手は止まらない。
 ここ数日入り浸る(半強制的に)太刀川隊の作戦室。戦闘訓練ができる仮想空間。
 私は個人戦には行かず(行かせてもらえず)唯我くんや出水くんと戦いながら経験というものを積ませてもらっているわけだ。主に、出水くんに風穴を空けられ、太刀川さんにもギタンギタンに切り刻まれる日々。

「し、シールドモード!」

 ひと飛び分の間合いを開いた太刀川さんの次の手は

「旋空弧月」

 読み通りであったにしても、斬撃を受けきれずに後方へ吹っ飛んだ。痛みはないが衝撃に目を瞑る。これで切られなくなっただけマシだ。そして追いの一手はすぐそばへ差し迫る。なんとか震える手でレイガストを構えた途端に、ギンッとまるで金属同士がぶつかりあうような鈍い音がした。

「すごいすごい。ちゃんと読めるようになってきた」

 読めるもなにも、セットされているトリガーが両手の旋空と弧月だからそれで叩き斬られるしかない、簡単なことなのだ。簡単なことのはずなのに、かわしてカウンターできるわけではない。
 太刀川さんにはどうやっても力で競り負ける。早めにスラスターで逃げるか、サブトリガーのアステロイドで攻撃し退いてもらうか。

「ぐ、……アステ、ロイドッ!」

「タイミングが一歩遅い」

 嘘、まさか。太刀川さんのトリガーの中に幻踊はなかったはずなのに。細身の弧月はレイガストブレードを受け止めた部分がぐにゃりと歪んでいて刃先は私へ向いていた。
 一瞬の驚きも、してやったり顔の太刀川さんへ、この時を待ってましたとばかりに同じ様に笑い返した。

「シールド!?」

「出水くん直伝! アステロイドと見せかけて全力シールド!」

 こちらへ向いていた幻踊の刃先はシールドで防ぎ、そしてこの時のために背中へこっそりととって置いた小さなアステロイドの一撃を太刀川さんへ向けて放つことに成功した。
 至近距離だというのに、瞬時に私を押し返し間合いを取ると、体勢を崩した私は太刀川さんの素早い旋空弧月にあえなく叩き斬られる。小さなアステロイドは彼の頬を掠めただけ。
 仮想空間ではトリオンが漏れ出しても緊急脱出することなく、トリオン体はまたすぐに構成されなおす。

「やるじゃねーかなまえ! 成長した!」

 わしゃわしゃと太刀川さんの手が私の頭を撫でるのをいつもは嫌がっていたけれど、今は高揚感で溢れる。
 また負けた。悔しい。でも、確かな手ごたえはあった。A級一位の攻撃手の攻撃を防ぎ一筋の攻撃を向けられたことは、今までただ斬られるだけだった私の確かな自信へと繋がるものがあった。

「っはい!」

「勝てたわけじゃないけどな。でも太刀川さん相手にこれなら、そろそろ槍バカから一本くらい勝てるんじゃね?」

 仮想空間の外で見ていた出水くんたちもすごすごいと褒めてくれるから、調子に乗って「打倒米屋!」などとらしくなく叫んだ。





 その週の日曜日、私は朝の九時から個人戦のラウンジへきて米屋くんを待った。……のに、相変わらずきたのは三時が過ぎてから。出水くんと仲良さげにやってきました。そうでした。彼はこういう男でした。私学んで。

「よお、なまえ。なんか久しぶりじゃん」

 学校で会うとはいえ、「ライバルは避けるものだ」という太刀川さんの教えの元、挨拶を交わす程度におさえてほどほどに彼と距離を置いていた。

「鍛えてきました」

「なまえを鍛えてました」

「通りで最近仲が良いわけだ」

 私の横に並ぶ出水くんは、太刀川さんの影響ですっかり私をなまえと呼ぶようになっていた。呼んでもいいかと確認してきた米屋くんとは対照的。悪いとは言わないけれど、あまり仲の良い男友達というのがいなかったせいか、少しだけむず痒いものがある。

「私と対戦してほしいの」

「気合入り過ぎじゃね? 今日は何時から待ってたんだよ?」

 笑って茶化す彼の本気度は見いだせなくとも、じっと見つめる私の本気度は伝わったのか、「わかったよ」といってブースへ向かって歩き始めてくれた。
 六時間越しの気合が改まる。絶対に一本とってやる。
 ぐっと拳に力を入れ、開いたブースの中に入ろうとした時に「じゃあさ」と米屋くんから声がかかった。見やると、彼の不敵な笑みに固唾を飲まされる。ぎらりと揺れる瞳は獣のよう。



「今日、オレが勝ったら連絡先教えて」






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