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2017/09/01 純さんメモリーを振り返る

「お前さ、なんでそんな純さん好きなの?」

大嫌いな体育の後のお昼休み。
御幸とご飯を食べていた倉持が唐突に話を振ってきた。

そんな昨日の夕飯なに?みたいなノリで聞いてくれちゃう内容?

「逆に聞くけど純さんより素敵な男がこの世の中にいる?」

「全部の男を見て来たのかよ」

秒速でご飯を食べ終えた御幸が例のごとくスコアブックを広げ始める。
聴く気あるのか?え?

「純さんを好きになったきっかけは何?」

「…何?暇なのあんたら」

「「ウン」」

まぁ、どうせそういうことなら少しだけ昔話をしてあげようじゃないか。







純さんを好きになったきっかけは今でも鮮明に覚えてる。
高校一年の夏。
私は写真部に入部したばかりで、先輩たちの補助として各部の撮影に同行していた。
日によって違う先輩について、違う部活に行って、いろんな光景をみたり人によって違う撮り方を学んでいた。
合間に自分の持っているカメラで撮影させてもらったりはしていたけれど。

その日は野球部を担当している三年の先輩について、地区大会の試合を撮影しに行っていた。


「…日焼けする…」

「文句言わないよ!野球部だって頑張ってるんだから!」

「ハーイ」

手が空いてる先輩たち何人かも一緒に来ていて、それぞれ別の場所でカメラを構える。
私たちはセンターの後。
身長よりは少し高い壁の上に建てられたフェンス越し。
扇形に広がった球場がよく見渡せる。

「今日は二年の子たちが部を引き継いでの初の公式戦だからね。気合を入れて撮らないと!」

「うちの先輩たちはなかなか引退してくれませんね」

「なんか言った?みょうじチャーン」

写真部の三年生は秋の写真展が実質最後の大会。
それまでは、嫌でもこうして先輩たちの後ろを補助して回らなければならないから、少し面倒くさいと思っているのは内緒。



シャッターを切る音。
声援を送るチアの人たち、ベンチにいる控えの選手たちにも向けられるカメラ。
この一枚の写真の中に、その時の熱量とかみんなの歓声とか表情とか…そんなのをできるだけたくさん詰め込むことが写真の仕事。

見た時に、あの時あの場のあの瞬間の“思い”を思い出せるように。
その時その場のその瞬間の“思い”を伝えるために。

それが写真の役割。
例え写真自体が色褪せていっても、それを見てまた心の中で鮮明に思い出せる、引鉄。

ただの一枚じゃない、この一枚って思ってもらうために私たち写真部はその情景をフィルムに写していく。


「あはは!結城くんたち力入ってるね〜」

「空回ってますね…」

野球に興味なんてなかった。
ルールもよくわからないし、熱いし、練習は辛いと聞く。
彼らはそんなに必死になってあの小さな白球追いかけて何が楽しいのだろうか…。
正直理解に苦しむ。
けれど、控えの選手もたくさんいるし、テレビで放送するほど甲子園も人気なのだから、私が知らないきっと魅了する何かがあるのだろう。

「みょうじはさ、どの部に希望出す?」

自分が撮影を担当したい部を第三まで希望が出せる。
もちろん部活写真を撮ることだけが活動じゃなく、写真展やコンクールの課題にあった写真を撮ることもある。
ただ、卒業アルバム用の写真を撮ることも私たちの活動の一部。
正直、部活動の写真より自然とか風景とか動物とか、私はそっちが好き。
野球やサッカー、バスケに希望なんて出した日には休日も放課後も全部潰れることは間違いなし。
それだけは避けたいから、美術部とか吹奏楽部とかそういう文化部を推していきたい。


「考えてるならさ」

試合は9回の裏。
得点は8対5で優勢だけど、青道は守り。
満塁、2ストライク、3ボール。
ここでホームランでも打たれたらサヨナラってやつだっけ?

「野球部なんてどう?」

先輩はカメラを構えたまま。
カキーンッと球場を沸かす金属音。
柵に手をかけたまま、こちらの方へ飛んでくるボールを見ていたけど太陽に隠れてしまったので追うのをやめた。

「はは…私が?まさか…」

視界の端ですごい勢いで走ってくる選手。
そんなに頑張ったって…
どうせ捕れやしないし、今日は残念だけど負け。

そう高を括っていれば、金網のフェンスが音を立てて揺れた。

一メートルと少し、下にいたセンターの男の…多分先輩が勢いよく壁を蹴ってフェンスへよじ登ったのだ。
熱気を纏った彼とフェンス越しに一瞬だけ目があったような気がする。
ギロリと刃物とも猛獣とも例えがたい瞳に私の心は食つかれた。
大歓声の中、ミットへボールが入った音と、彼が吠えるように「っしゃぁ!」と言った声だけははっきりと聞こえた。

「やってみなよ。心、動かされるだろ?」

先輩は私の心を見透かしたように、ニッと意地悪く笑った。


その日、試合が終わってみんなが片付けた後、私は一人グラウンドへ降りた。
一枚だけ撮った写真。
これは私の高校三年間を変える運命の足跡。







「はーい、750円でーす」

御幸くんの写真はよく売れるなー。
先輩たちも買ってくわ。
野球してるからっていうよりかっこいいから売れてるっていう方が正しいな。
御幸くんの写真だけ売ってりゃ当分機材やインク買うのに困らないね。

何冊か用意した売り用のアルバムを多くの生徒達が囲うようにして見ている。
撮った写真を売り用のアルバムにして、写真を買いたい人には写真の番号や学年、クラスなんかを受注表に書いてもらい印刷代を払ってもらう。
今日、その受注当番の私は欠伸をしながら、アルバムを見るみんなの様子を眺めていた。



「おい」

昼休みも終わりかけの頃、受け取った受注表を数えていると手元に影ができた。
見上げると小さく悲鳴が漏れる。

「な、なんでしょう…? 写真の注文なら…」

目の前には強面の先輩。
同じ学年にこんな怖そうな人いないから多分先輩。

「この写真」

「あ、ちょっと!アルバムから出さないでくださいよ!」

番号がわからなくなるじゃないか…。
アルバムに戻そうと、先輩の手から写真を奪ったところで私の手は止まった。

この写真は…

「ごめんなさい、これは売れるものじゃなくて…」

ただ、私が個人的に思い出に撮ったもの。
売るようなものじゃないのに…。
なんでアルバムの中に混ざっていたんだろう?

「じゃあいらねぇのか?」

「いえ!!ダメです!!いります!!!いるんです!!!」

強面先輩がその写真を放してくれなくて、思わず力強く引き返す。

「…っち!いらねぇだろうが!」

「い!り!ま!す!」

舌打ちされた怖い。
けれどこれだけはだめだ。

「あ?!なんでだよ!つかお前この写真なんなのかわかんのか!?」

「わかりますよ!!これは、センターの人がっ…!?」

そこまで言って、ふとよく先輩の顔を見ると記憶と重なる瞳。

「え…もしかして…野球部の、センターの…」

先輩の顔が一瞬で赤くなった。
今はあんな真剣な目じゃないけど、これ、あの人だ!

「…そーだよ」

本物だ!
そう思ったら写真を引っ張っていたはずの体は前のめりに、先輩に詰め寄った。

「ッあの!!私みてました!!あの試合!!全然野球に興味なかったんですけど、先輩の9回裏の最後のキャッチ!!かっこよかったです!!」

近ぇ、と慌てて後ずさる先輩を追い詰めるようにまた一歩距離を縮める。

「絶対野球部の担当なんて嫌だと思っていたんですけど!先輩の試合がもっと観たくて!私、今年から野球部担当になりました!!写真部のみょうじです!!」

「お、おい!近ぇつってんだろーが!! 亮介も哲も笑ってねぇで助けろ!!」

後ろにむけて助けを呼ぶ先輩。

「初めて野球、ちゃんと観ました!最後の一瞬ですけど!!これから学んでいくので!!先輩、野球教えてください!!」

「ねぇ、純、それ告白?」

「俺に聞くな!!」

「純、ファンができて良かったな」

「じゅん、…純さんって言うんですか!?」

純さん…
大事な名前だ。
きちんと覚えておこうと何度も心の中で繰り返した。

「うっせぇ!!良いから退けろ!!あとこの写真寄越せ!」

「あ、この写真はダメです。ごめんなさい、純さん」

「なんでだよ!!」

やっと手を離してくれたけど、少しだけ開いた距離。



「これは、私の心を動かした大事な写真だからです」



ぎゅっと胸に抱くこの写真は、あの日の感動とか体の震えとかそういうのが全部詰まっている。
大事な一枚。

「だって。諦めなよ。純の足跡ごときでこんなに大事にしてくれる子いないよ?」

ピンク色の髪の先輩がそう言ったけど、地毛なのかどうかが気になって夜も寝れなくなりそう。

「…ッチ。勝手にしろ!」

そう言って踵を返した純さんの耳が熱そうな色。

「ありがとうございます、純さん!!」

「伊佐敷だ!伊佐敷先輩と呼べ、バーカ!」

「はい!純さん!!」

クスクス笑うピンク先輩と無表情先輩も受注表とお金を置いて、純さんの後を追って戻って行った。
昼休みがもうすぐ終わるチャイム。

最高のお昼休みだったことを、今になって激しく鳴りだした心臓によって知らされた。









「その写真見せて」

御幸に言われてカバンの中からアルバムを出す。

「本物は大事に額縁に入れてあるから、複写を見せてあげるね」

「複製できんなら純さんにもあげればよかったんじゃ…」

「あ、そうだね。あの時はまさか私の撮ったあんな写真を欲しがる人いるなんて思ってなかったから…」

へぇ…と二人はまじまじとその壁に付いた足跡を見た。

「良いこと思いついた!」

「「拒否」」

「拒否権はありませーん。みんなで純さんのお誕生日プレゼント、作ろ!」

三日後に控えた純さんのお誕生日。
私は急いで写真が入った自前のタブレットを開き、野球を集めた。






−−−

「純さん!お誕生日おめでとうございます」

昼飯を食い終わったところで鳴る携帯。
倉持からの着信で、中庭に来てほしいとのこと。
まぁその、誕生日、だから少し期待して「しょーがねーなー」と返して中庭に向かった。
てっきり倉持や御幸や二年どもがなんかすんのかと思えば、そこにいたのは少し苦手な人物。
こちらに気付けば、嬉しそうにおめでとうと祝いの言葉と可愛く包まれたプレゼントをくれた。

「お前、すごい隈できてっけど…大丈夫か…?」

「純さんに心配してもらえるとか光栄です!」

「あのなー…」

「いいから、開けてください!」

充血し目の下に隈作ってあきらかに眠そうなみょうじを心配したのに、適当にあしらわれ、良いから早く開けてくれと催促までされた。

中庭のベンチに二人で腰掛けその包みを開ける。
お菓子やスポーツ用品ってわけでもなさそうな大きさと重さ。
丁寧に包みを剥がしていけば、中から表紙に見覚えのある写真が飾られたアルバム。

「…これ」

「えへへ、覚えてます?」

「覚えてるも何も…なんかすっげぇ懐かしいな!」

壁に付いた足跡。
それはあわやホームランになりかけた打球を俺がキャッチし、勝利を確実のものとした、大事な跡。
この写真を見て、あの日の光景や手に受けたボールの感触が蘇る。
それだけじゃなく、もちろんこの写真を巡ってこいつと出会ったあの日のことも。
思い出の詰まった写真。
ページを捲ればマスキングテープで留められた写真。
そこに写るのはバカみたいに俺ばっかじゃねーか。

「写真、捲ってください」

言われた通り、写真を捲ると、裏面に書かれたメッセージ。

『この日純さん朝から腹下してめっちゃイライラしてたからか、すごいホームラン打ちましたよね 御幸』

「は?」

写真の裏に書かれた文字は御幸からのもので、そう、この日は確かに朝からトイレにずっと籠ってて…
でもレギュラーから降ろされたら嫌ですっげぇ頑張って打ったな。
つか、御幸よくそんなこと覚えてたな!
その下の写真も捲ると同じようにメッセージが書かれていた。

『純さんのビュンッ!ってスイングめっちゃかっこええです!!! 前園』

んだよ…擬音じゃ伝わんねぇし、みんなスイングなんてビュンって音じゃねぇか!

一枚一枚違う写真、違うコメント、違う思い出。

つい夢中になって読んでいけば横がやけに静かなことに気付く。
秋色に変わりかけた空と空気。
日向に出ればまだ暑いけど、日陰だと心地いい風が吹く。
その心地よさにか眠っちまったみょうじは、俺の肩に頭を預けていた。

これを作るために徹夜していたことは一目瞭然、だな。

「バカ」

最初に出会った時からそうだったけど、こいつはなんでこうも真っ直ぐで、純粋で…

こんなに俺を好いてんだろうな?


さらさらと揺れるこいつの髪が首をくすぐってむずむずする。


お前のそれに、俺は、どう返せば良い?


真っ直ぐ向けられるその好意にいつか向き合うのかと思うと落ち着かなくなる心臓。
もう一度アルバムに視線を落とす。




「もう少し寝てろ、…なまえ」




表紙の写真の裏に書かれたメッセージには、今はまだ気づかない振りをした。





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