「は!本物のチーター様!」
「えっと…」
トイレで遭遇したのは高校球児界で有名なカルロスとかいう人。
今日は近くの区民球場で練習試合。
青道とは当たらないけれど、確かに稲実も来ていた。
「いえ…なんでもないです」
思わず口に出てしまったけれど、チーターと言うよりかは黒豹とかジャガーとかなんか悪そうな感じがプンプン。
「君、青道の子だよね?」
「いえ違います」
制服をチラリと見られ、しまったという顔をしてしまえば、フフっと鼻で笑われた。
ぐぬぬ…なんかこの男、手強そう。
後退ろうとすれば、別の選手がトイレに入ってきて、私をみて「げ?!」と言った。
なんなんだ。
失礼極まりないな!
その男の方が後退った。
本物のチーター様は声に出して盛大に笑ったあと、ねぇ、と意地悪く笑った。
「大胆。ここ男子トイレだぜ?」
赤面絶句とはまさにこのこと。
はぁー…とか、ひぃー…とか、わけのわからない空気が口から抜けながら、自分が用を足したトイレと本物のチーター様を交互に見つめることしかできなかった…。
「男子トイレってわからなかった?」
「…気づきませんデシタ」
「よっぽど漏れそうだったんだな」
そうなんだよ…トイレに行きたくても青道が良い試合してたからさぁ…!
ご迷惑おかけしましたと頭を下げてから、後から来た選手くんのために慌ててトイレから出て歩き出せば、彼もまた私と並んで歩く。
いくら私が魅力的で良い女だからって、青道野球部の天敵で、うちのチーター様と俊足競ってる相手とも言われてる稲実のカルロスなんちゃらさんとお付き合いなんて……
「ところで、こっち稲実のベンチ側だけど良いの?」
「いや、お付き合いはちょっと……へ?」
「ん?」
「え?」
「ごめん。付き合うのはちょっと無理」
道を間違えていたことよりも、突然フラれたことの方がショックで呆然とした…。
「あれ、カルロ…それ誰?」
「男子トイレで拾った迷子」
「男子トイレで迷子って…あははっ!!こんな狭い球場で高校生の女の子が?」
助けてぇー…と心の中で何度唱えたことか。
いや、カルロスなんちゃらさん(ちゃんと名前聞いたけど覚えられなかった)に連れられて結局稲実のベンチまでやってきてしまった。
何ででしょうかね?
道はわからなかったけれど、迷子のつもりはなかったんですけどね…。
青道が陣取ってるベンチが球場挟んで向こう側に見えます。
そして、この色素が薄く存在感の濃い成宮鳴が目の前で盛大に笑っている。
「この成鳴、刺して良い?」
「ダメ。女の子がそんなこと言っちゃ、ダメ」
「「ウッザ…」」
爆笑する稲実の成宮と、ね?と人差し指を口に当てウィンクばちこん飛ばしてくるカルロスに挟まれて、私はなすすべも無くただただ早く誰か助けてぇー…と心の中で願う他なかった…。
「それで?道に迷ってるとこナンパしたの?」
「どっちかって言うとフッた」
「それはとんだ誤解だよカルロスなんちゃらさん!!日本語通ジテマスカー?」
「え?付き合いたいって言ってなかった?」
「私に付いてくるから、そっちが付き合いたいって思ってんのかと思って…」
「ぎゃはは!勘違い!!すっごい勘違い!!この女ウケるんですけど〜!!」
馬鹿にしたようにゲラゲラ笑う成鳴がウザい。心底。
「迷子のアナウンス入れてやろうか?」
「おいバカルロスやめろ」
「あははっ!おっかしー!御幸に写真送っとこ〜」
カルロスと並んでる写真を撮ろうとする成鳴は絶対あとで後ろから刺す。
前からは無理。
顔が良いから罪悪感かんじてしまう。多分。
ノリでイェーイと肩を組んでくるバカルロスも刺す。倉持が。
「お前さ、トイレもまともに行けないの?」
「ゴメンナサイ」
反射で光っている眼鏡だけれど心底飽きれた顔されてることだけはわかる。
ホント怖いごめん申し訳ないと思っているこれでも。
迎えに来てくれた反射眼鏡に深々と頭を下げた。
「この女さぁ、男子トイレにいたらしいよププ」
「オマエ絶対刺ス」
「落ち着けってハグでもする?」
成鳴もカルロスも本当に一回刺された方が良いよ。
まともな人間に生まれ変わってきて。
やいのやいの言い合っている私たちを見て、呆れた御幸に溜息を吐かれた。
「もう稲実に転校しろバカ」
「待って!置いて行かないでーーー!!!ヘェェェェエルプ!!!」