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番外編

「ダァラッシャァァァァァァーーーッ!!!」

恥ずかしいほどにバカでかい咆哮が響き渡る。
本日二本目のホームランは高く打ちあがって観客席へと突き刺さった。

「あいつ本当うるせー…」

「あはは…すみません…」

別に私が悪いわけじゃないけれど、私に突き刺さる視線たちが痛すぎてそう言わざるを得ない。
原因は敵側のベンチに座るタカヤとマネージャーさんだと思うのだけど。
仲睦まじく寄り添ってきゃっきゃっしてる姿は誰が見ても砂糖を吐きそうだ。
今試合中だよ?真剣にやってよ!って注意してきたいぐらい。
その態度が癪に触ったらしく、我がチームのメンバーたちは今日は一段と殺気立っていて…。
その筆頭がどうやら今日スリーランホームランを決めた元青道のスピッツ。
ホームに帰って早々鼻息荒くこちらに戻ってきた。
全員とハイタッチしたあとの彼にドリンクを渡す。

「今日はやけに調子が良いね」

「あ?ったりめぇだろ!あんな野郎に絶対負けねぇ!!」

何をそんなに闘志燃やすことがあるのだろうか…。
純の視線の先をみんなが同じように睨んでいた。

「何をそんなに…」

「お前はあれを見て悔しくないの?」

副キャプテンにそう言われて、首を傾げた。
あれ、とは……まぁ、あれのことだろうけれど。
私と付き合っていた頃の彼は人前でイチャイチャするほどでもなかったし、私もそれを望んでいなかった。
だから目の前のそれを見てもなんとも思わないのだけれど…。

「ワァートッテモ悔シイー」

と言えば思い切りチョップを食らわされ高校時代のピンク色の髪をした誰かさんを思い出した。




「よぉ!なまえ!お疲れさん」

「ああ、タカヤ…お疲れ様」

我チームの驚異的圧勝て納めた試合の後、片付けていた私のところへやってくる元彼氏。とその現彼女。
負けた割には飄々としてるのが相変わらずだなぁなんて笑ってしまう。

「あ?負けたくせに堂々と敵陣にくるとは良い度胸だなァ?」

タカヤと向き合おうとすれば、横から割って入る背中に顔をぶつけた。
高校時代と同じ“8”の背番号が視界に入る。

「はは、やっべーめっちゃ俺嫌われてんじゃん」

「…ッチ…んだよ、まだなまえのこと泣かし足んねぇのか!?」

低く唸るような声が、やってきた二人を威嚇している。
笑っているタカヤの横のマネさんも臨戦態勢だ。
ただ挨拶に来ただけだろう二人に、私の後ろにいるチームみんなして睨むのやめてよ恥ずかしい。
制止を込めて、純のユニフォームを掴むが止まるはずもなく今にも食ってかかりそうな勢い……というか、胸倉に掴みかかっていた。

「純!やめて!!」

「止めんな!俺は一発殴らねぇと気が済まねぇんだよ」

助けを乞うように後ろを振り向いても、殺気立ってる先輩たちがいるだけで、むしろ加勢しそうな勢い。
みんなどうしたっていうんだ…。
よっぽど今日のタカヤの態度気に入られてなかったんだよ!
命の危機だよ…早く彼女連れて逃げてくれ頼むから。

「怖ぇーな相変わらずお前んとこのチームは」

面倒ごとになりたくない一心なのに、タカヤは気にもとめていない。
それどころか目の前の純の胸倉を掴み返し、額も当たりそうな距離で睨みつけ挑発するように笑った。



「なんだったっけ?“んなに大事なら、もっとちゃんと愛してやれよ”だっけ?…その言葉は、お前に返すわ」



これには全員が呆気に取られた。
純の手を払いのけて不敵に笑うタカヤが、今までに一番かっこよく見えて。
対して純はぽかんとして、言われた言葉を理解し思い出す頃には耳まで赤くなって憤慨し始めた。
そんな様子がおかしくて一人腹を抱えて笑ってしまう。

「じゃあな、なまえ。今度は大事にしてもらえよ」

「うん、ありがとう」

次は大事な人泣かすことなんてないように、お互い。
見送った背中に未練はなく、晴れやかな青空と同じ気持ちでお別れした。



「…ッチ」

「舌打ち多いよ」

タカヤが去ってベンチから撤退してもなお、何度も定期的に繰り返されるそれを注意すれば今にも食ってかかりそうな純に腕を掴まれた。
他のチームメイトたちはとっくに通路を抜けて更衣室へ戻っている頃だろう。
片付けが遅くなった私を待っていた純とそのあとを追っていたのだけど。

気に食わないのはタカヤのことだろうが、試合に勝ったんだから良いじゃないか。
むしろテンション上げて打ち上げ行こうよと促すと、真剣な顔になっている純がいた。


「…どんなことがあっても、あいつがお前を傷つけた事だけは許せねぇんだよ」


目の前で侮辱したことも、手をあげたことも、浮気していたことも。
純が言葉にしたそれらのことはもう全て過去の出来事で自分の中で消化されていた。
傷つかなかったわけではない。
あの時はすごく痛かった傷も、今はもう瘡蓋だ。

「あー!!痛い…うぅ…あの日怪我した膝が痛い!!」

「は?!おい!!どうした?!大丈夫か?!」

「ダメかも……ギュってしてくれなきゃ足もげる…」

「ば、バカ!!何言って……っ!」

赤面する純が可愛くて思わず笑ってしまう。
恥ずかしいことは平気で言うくせに、こういうのは照れ臭いんだね。
抱きついて背中に手を回せば、純も戸惑いながらその優しい手を私の背に添える。

「純がいればそんな痛みはもう忘れられるよ。純は絶対そんなことしないしね」

「あ、あったりめーだ!!」

「そんなことよりも、純といっぱい幸せになりたいの。こうやって抱きしめてくれるだけで幸せになれるから…」

そう言えば抱きしめる力が強くなる。
ずっと壊れ物を抱きしめるみたいに戸惑いと不安が入り混じっていたのに。
温もりが満たしていく心の中。

「それで幸せなら…毎日抱きしめてやる」

「毎日?」


「ああ。死ぬまで毎日」


嬉しさも恥ずかしさも色々な甘い感情が胸を高鳴らせる。
その言葉の意味を問い詰める前に、抱きしめてる純の向こう側に視線が奪われた。




「早くこーい。いつまでもイチャついてるとぶっ殺すぞー」




副キャプテンが世界一怖い笑顔で手招きしていた。
試合後のミーティングするんでしたね、急ぎます…。








ーーー

「それから少し後に、俺からプロポーズして…そのあれだ!今日に至るわけだ!」

「それでなまえからプロポーズだったら純かっこ悪すぎでしょ」

結婚式当日。
同窓会のようなメンバーが集まり、なまえの準備が整うまでにまだ時間がかかりそうで、受付に顔を出せば懐かしいメンバーに捕まった。
高校時代を知っているやつらからすれば、あのなまえと寄りを戻せたことは奇跡だと罵られる始末。
亮介や哲たちには散々心配もかけたし、事の顛末を聞かせろとせがまれれば時間もあるし、酒も入ってないのに小恥ずかしい話をせざるを得なかった。
まぁ“少し後に”の中が一年と少しあったことは端折った。

「本当に純が悪いよね。なまえを待たせすぎ」

「うるせぇ」

今は俺が待ってるっつーの。
女の準備時間かかりすぎだろ。
あの頃も散々亮介には引き留めろと助言を受けていた。
それを聞いていれば……まぁ、タラレバなんてどんなに考えてもわかるわけでもない。

「みょうじが幸せになれたんだから良かった」

「お前らなぁー…どいつもこいつもなまえの味方しやがって…」

「バーカ。どう考えてもお前ら二人の味方だろ」

せっかく整えてもらった髪を亮介のチョップによって潰される。
思わず吠えかけたとろこで「新郎様、新婦様のご用意が整いました」と声を掛けられた。
わかっていたことなのに、途端に走る緊張がすべての動きを止めた。

「早く行け、純」

「…や、俺やっぱ後で…」

「今会っときなよ。式場で会ったら泣き過ぎて式どころじゃなくなるんだからさ」

「んなわけねーだろ!泣かねぇよ!」





渋々係の人に従い、一室の前で足を止める。
控えめのノックに「はい」と聞き慣れた声が返ってくる。
扉の先にいるのは見慣れたやつだってわかっているのに、煩く鳴る心臓を静めることはできない。
ゆっくりと開く扉の向こうから差し込む光が、視覚を刺激し目眩がする。


好きなのに、別れの道を選んで

再会すれば、付き合ってるやつがいて

思いを伝えれば、友達になりたいとフラれ

目の前で傷ついているのに、涙は拭えず抱き締めてもやれなくて

思い返さなくても色々あったよな俺たち。




「なんでもう泣いてるの、純」




想像していた通りのお前がそこにいて、想像していた以上に

「綺麗すぎんだろ」

幸福感溢れる光景が広がっていた。
「また呼びに来ます」とかけられた声に返事を返したかさえわからない。
真っ白なドレスに包まれ、キラキラと輝くクリスタルの冠。
これ以上ないこの世で一番綺麗な愛おしい人。
わかっていたはずなのに、思い起こす日々が心の扉を開け放ったみたいに涙を流させた。

「ねぇ、純、泣かないで」

幸せそうに笑いやがって。
ぎゅっと背中に手が回りきる前に、その体を抱き寄せた。

「泣いてねぇよ!」

「化粧崩れちゃうから…」

なまえの頬を伝うものを親指の腹で撫で取る。




「お前の一生を今度こそ俺が幸せにする

だから、ずっとそばにいてくれ、なまえ」







Special End





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