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8.5

※タカヤの独白 読まなくても大丈夫




鈴木タカヤの独白



外見が好みだった。
それから、簡単に媚び売ったり靡いたりしないとこ。
ほかに好きな人でもいるのかと周りに聞いてみれば、そういうわけでもなさそうで。
それならグイグイ押してみるか!と意気込めば、あっさりと明け渡された体。

まさかこんな簡単に…。

ラッキー!
なんて思わせてくれることもなく。
頻繁には来ない連絡。
よく笑うけれど、その笑顔は誰に対してものそれ。
好きな人に向けられたものじゃない。
わかっていても、いつかは変わると思っていたし、俺が変えてやるんだ!とも思っていた。


「なまえは俺のこと、好きになった?」


そんな形式上でも付き合ってる俺たち。
子どもじゃないんだから“好き”の意味くらいわかるよな?

「え……うん、すきだよ」

たっぷり取った間は、嘘みたいに非現実的な現実。
だってそんな「好きって言わなきゃ」みたいな間。
嘘ならもっと上手に吐けねぇのかよ。
この俺が、俺のためにと吐いた嘘で優しく笑った笑顔に傷つけられたのは、後にも先にもこの女だけ。




なんでこんな辛い恋してんだろ




そう気付いたのは、なまえが持ち帰った高校時代のアルバムをたまたま覗いた時だった。

それまでは、「今は追いかける恋だけど、きっと好きにさせてみせる!」って意気込んでたぐらい。

少し幼いなまえが恥ずかしそうに写ってる個人写真。
クラスのみんなと体育祭や文化祭、授業中の風景なんかも楽しそうに女子たちと笑っていた。
唯一男子と写ってる写真があるとすればそれは部活動写真。
野球部のマネージャーやってたって言っていた。
そういえば、その時すごく好きな男と付き合ってたとも言ってたな…どいつだ?
探そうとしても、どいつもこいつも目深く被ったキャップのせいで顔がよくわからない。
こんなこと詮索したって良いことあるわけないのはわかっていた。

結局アルバムの中に元彼氏を見つけることはできず、元の本棚に戻した。
その時にふと気づく。
身長の高い本棚の一番上。
隅っこにまとめて入れてある手帳。
何の気なしに一冊を手に取ってみたら、おおよそ大学時代最後のもの。
就活懇談会、面接、会社訪問、丁寧な文字で書かれた苦行の日々。
時には荒々しくバツ印が付いてて、「苦労したんだな…」なんて呟いてしまった。

パラパラとめくっていくと、ある月のページで止まる。

九月。
挟まれていたのは写真。
肩を抱かれ恥ずかしそうに笑っているのは、先程見ていた高校時代のなまえ。
その肩を抱いているのは…

「だれだよ、これ…」

焦げ茶色の髪。
顎に生やした髭。
三白眼の厳つい顔は見覚えがあるほどそっくり。

誰だよこの男…。

考えても考えても答えは悪い方向にしか向かない。
虫唾が走る。
足元に投げ捨てた手帳。
次の年もその次の年もページをめくって引っかかるものを探す。
もう写真は入っていなかったけど、九月のある日にちだけ毎年丸で囲われていた。
特別なことは何も書いてない。
でもその日を主張するように青色のマーカーで丁寧に囲われた日、九月一日。
俺とはまだ出会っていなかった頃の手帳たち。




俺の意気込みをへし折るには十分だった。




それでも俺にできることは、髪を染め髭を剃ることぐらい。
できるたけ髪型も変えた。

「タカヤ、イメチェンかよ〜!似合わねぇ!」

「うるせぇ!」

「…似合ってると思うよ、タカヤくん」

同期や野球チームのやつらには散々言われたのに、事務で最近マネージャーに入った子だけはやたらと褒めてくれた。



「なぁ、どう?なまえ!」

こんだけ変えたんだ、さすがに態度に出るだろ?
慌てろ。
動揺しろ。

お前の気持ち、はっきりさせろ。



「タカヤ?……失恋でもしちゃった?」



それなのに、なまえはそんな動揺一つ見せずに、戯けてみせた。
固まったのはこっち。

「うん、よく似合ってるよ」

笑顔で短くなった襟足をなで付けるように触る。

なんなんだよ。

まるで、してやられたかのような悔しさ。
そんな顔したって、絶対俺のこと好きになってなんかないくせに。
俺のことなんかそもそも眼中にさえねぇってことか?

「……帰る」

「え…ごめん。何か嫌だった…?」

急いで引っ込めた手と俺を見合わせる。
ああ、嫌だった。
お前が動揺するとこ期待してたのに、いつの間にそんな演技が上手くなったんだよ。


お前の、その元彼に対する思いを踏みにじってやりたい。


嫉妬は歪んだ憤りとなり、なまえに対する態度となった。

お前は俺と元彼を重ねてんだろ?
俺がどれだけ酷いことしようが、別れられないよな?

だってお前は、俺のことを好きだと言ったんだから。





それから一年と少し後。
俺の中での戦争は続いていて、そこに終止符を打つべくしてやってきたのは…



「純!声大きいよ!」



距離の近い二人。
野球の関係でだいたいあいつの身の回りの社員のことは知ってる。
それに嫉妬深い彼氏として有名だから、親しく名前で呼び合う間柄のやつなんていない。

それをなまえ自身わかっていて、呼び捨てで呼ぶのも呼ばれるのも許容しているということは、それだけ近しい間柄ということ。


一歩ずつ近づくたびに、認めたくない現実がまた一つ。


それは見覚えがありすぎた。
茶髪に顎髭、彼女を愛しむように見つめる細い目。



お前か。




[ 8.5 ]

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