珍しいこともあるもんだ。
滅多に見れないものだからマジマジと見つめてしまう。
「及川先輩って眼鏡だったんですか?」
元々端正な顔立ちなのだけど、珍しい眼鏡姿はなんだか違和感で、でもそれでいてギャップというかなんというか……。
結論からすれば、イケメンは何してもイケメンだということ。
「え?!気づいちゃう?!そこ気づいちゃったか〜いや〜まさかなまえちゃんが気づくとは思わなかったよ〜」
「先輩うざい。もう良いです」
デレデレと破顔する先輩は鬱陶しい。
ついでに顔面からキラキラオーラが出てるのが煩わしい。
今日はやたらと機嫌が良いと思っていたけど、私が眼鏡に気づいた事でさらにご機嫌になったらしい。
普段しないものを着けているのだから、気づかないわけあるか。
どんな鈍感だよ。
「岩ちゃんは気づいてくれなかったんだよね…」
きっと気づいていてもこの反応がうざいから、さも今気づきました〜を装ったか、軽く無視したんだろう。
「なまえは、眼鏡かけてる俺とかけてない俺どっちが良い?」
「どっちも同じ及川徹です。それより早く行かないと会議遅れますよ」
歩みは進めているものの、急いでないものだから刻々と迫る会議の時間。
今日は文化祭における各部活動ごとの役割分担を決めることになっている。
二年でマネの私じゃなくて、副主将の岩泉先輩が出れば良いのに「任せた」と言って逃げられた。
「えー?どっちもカッコイイか〜そうだよね〜俺もそう思ってる〜!」
少しでも急いで欲しくて先輩の背中を押すのに重たい。
むしろわざとブレーキかけて歩いてるなこの人。
タチ悪い。
階段に差し掛かるところで押すのを諦めた。
このままじゃ階段から突き落としかねないから。
「なまえは授業中だけ眼鏡なんだよね?」
「はい、まぁ…試合の日とかはコンタクトも入れますけど、そんなに困るほど見えないわけでもないです」
「なまえの眼鏡姿はインテリで近寄りがたさが倍増するからなぁ」
クスクス笑う及川先輩が眼鏡を外した。
一段下にいる先輩と、丁度よく視線が合う。
「なまえを近寄りがたい荊の森のお姫様にしとこうね〜」
先輩の両手が頬を掠め、レンズ越しにフフンと愉しそうに笑っている顔がみえる。
裸眼に比べて屈折した世界は見慣れない。
よくもまぁそんなくさいセリフを言えるもんだ。
しかも格好付いてるところがまた腹立たしい。
「わけのからないことを……!?」
抵抗しながら近すぎる先輩を今度こそ突き飛ばそうと思ったのに、距離感がつかめずに空を切った。
「「わっ!!」」
二人であたふたと掴み合うが、一度崩れたバランスは階段という幅狭なところでは元には戻れず。
先輩の胸板に顔をぶつけながらなんとか壁に手を突きようやく落ち着いた。
これでは逆壁ドンだ…。
「ッごめん、なさ…い!」
「ちょっと!危ない!気をつけなよ!!」
眼鏡を勝手にかけてきたのはそっちだろとは思ったが、顔を上げればこんな至近距離に顔があるとも思わなくて、出かけた言葉を飲み込んだ。
「…ッお、お、いか…!」
でも体を離そうと思えば、しっかりと腰に回された腕が解けなくて慌てる。
「暴れんな!危ないって」
今この状況に身の危険を感じて身を硬くした。
そうすればゆっくりと離れた腕から、慌てるように飛び退く。
「眼鏡!度が入ってるじゃないですか!」
「そうだよ?言ってなかった?普段はコンタクトだよ」
まだ心臓がばくばくとすごい速さで血液を送り込んでいるのに、そんなこと思いもしないだろ先輩は飄々としていた。
なんで私ひとりドキドキさせられなきゃならないんだくそぅ。
行きますよ!と強めに腕を引けば、少しだけ早く歩いてくれるようになった先輩。
「もう二度と及川先輩の御守りは絶対しない!」
「なんで?あ!もしかして…さっきのドキドキしちゃった?」
「はぁ?!なっ、何言ってるんですか…!」
「ん?俺はドキドキしたなぁと思って」
嘲笑ってるわけでも、可笑しくて笑ってるわけでもない。
光みたいに柔らかく、温かく、嬉しそうに…。
なんでそんな風に笑うのか、今の私にはわからない。
「もう!本当に遅れますよ!遅刻したら来週の月曜、駅前のアイスおごってもらいますから!」
「えー…今時期それは寒いよー」
そう言いながらまた歩みの遅くなった及川先輩。