「ですから、かおり先輩に…」
「えー?なまえも一緒に行こうぜ?三年の教室!」
ニヤニヤした顔で言ってるから、意地悪なのはわかっている。
昨日部活の時にかおり先輩から借りたノートを、赤葦に会いに来ていた木兎先輩に返してもらえないかちょっとお願いした結果、一緒に三年の教室まで行こうと言われる始末。
二年の私にとって、他学年の教室へ行くのは気がひけるものがある。
放課後で良いか…なんて思っていたのに、またこの先輩は言い出すと絶対に引き下がらない。
特に三年の教室となると、視線とかすごく痛いから好んで行きたいとは思わないのに。
そんな私の不安など気にもしない木兎先輩は、ズルズルと私の手を掴んで引っ張った。
「木兎先輩!わかりましたから!行きますから…手を…」
離して欲しくてそう言ったのに。
先輩の大きくて熱いその手に触れているだけで、私はドキドキが治らない。
行き交う人は、木兎先輩の知り合いのようで
「ヒューヒュー!木兎見せつけんなよなー!」
「うらやましいだろ!」
ありきたりな言葉で囃し立てる。
恥ずかしくていてもたってもいられないのに、木兎先輩はあろうことか否定もせず、その手を一瞬少しだけ緩め、また強く握り直してきた。
今度は、いわゆる恋人繋ぎ。
ちょっと待って、先輩。
何考えてるんですか…!
絡めた指は少し骨張ってゴツゴツしている。
先行く木兎先輩の表情は見えなくて、私もそれが恥ずかしいのに……やめて欲しくない、気がして。
いやいやいや!
だめだろ!!
「木兎先輩、離し…」
「帰りも!二年の教室まで送っていくな!」
先輩のほうから離されてしまった手。
ほら、こっちのほうが望んでいなかったんだ。
だって、こんなに、この手が寂しい…。
でも、目の前には輝く笑顔があって、その頬も少しだけ赤いような気もして。
期待してるわけじゃないけど、そんな顔されたら少しぐらい期待してしまう。
いたずらっぽく笑って、待ってるから行ってこい、と言われたのはもうかおり先輩のクラスの前。
かおり先輩にノートを返して教室を出れば、廊下に並ぶロッカーの前で他の男の先輩と話している木兎先輩。
別に送ってもらわなくても二年の教室へは戻れるし、このままそっと帰ろうかなんて思っていたら、先輩はそんな私に気付いてくれる。
「なまえ!」
蜜色の目は優しく細められ、差し出される手。
その手を望んでいるのは、私。
照れとか恥ずかしさとかそんなの全て差し置いて、私はこの手を本当の意味で掴みたい。
そこまでの勇気はないのだけど…。
躊躇う手は、行くぞ、とはにかんで笑う木兎先輩にサラリと掴まれてしまった。
こういうとこが、先輩を好きになっちゃう理由。
先輩でいっぱいになる思考のまま、その手をぎゅっと握り返した。
颯爽と元来た道を戻るその背中を追いかける。
「ぼ、くとせんぱい!」
「ん?」
「…遠回り、しませんか?」