雨が降る。
季節は梅雨に差し掛かり、突然の空模様の変化にまだ対応しきれていない人がいる。
「あー…雨だぁ…」
電車を降りたみょうじは、電車の中でも窓の外を見てその言葉を呟いていた。
同じ駅で降りた彼女の肩には鞄がかけられているけれど、きっとそれは入っていないのだろう。
「傘、持ってないの?」
「むしろ赤葦くんはどうして傘持ってるの?」
今朝は確かに晴れていた。
まあ薄曇り程度には。
六月も後半だ。
傘の一つや二つ持っていても損はしないと思うけど。
「梅雨だし。持ってないほうがおかしいと思うけど?」
「デスヨネー…」
「傘、いる?」
「良いよ…うちの大事なセッターが濡れて風邪でも引いたら、スパイカーまで総崩れだよ」
いや、お前が風邪引いた方が絶対うちのスパイカーは機嫌を悪くするだろう。
俺でも手が付けられないほど、無自覚に荒れる。
でもそれは…なんとなく、言ってやらない。
「大事なマネージャーが風邪引いたら、仕事が増えてセッターどころじゃなくなるんだけど」
少し嫌味っぽくそう言って傘を差しだした。
一瞬きょとんとしたみょうじは、クスクス笑いだす。
「はいはい。じゃあバス停まで送って行ってもらっても良いですかね?」
わざとうやうやしくそう聞いてくるのはウザいけど、お願いしますと素直に頭を下げて来るものだから。
しかたない。
駅から少し離れた場所にあるみょうじが利用するバス停。
そこまでの距離わずか1キロにも満たないだろう。
持ってきていた折り畳み傘が、少し大きめの傘でよかった。
二人で入るには狭くて触れてしまう肩。
それなりにくっついた距離、それでもお互い外側の肩が濡れる。
わかっていても気にしないそぶりをするしかない。
触れてる面を熱く感じてるのは、きっと俺だけなんだろうね。
「ありがとう、赤葦くん。気を付けて帰ってね」
屋根のあるバス停。
俺は駅からすぐのところに住んでるけど、みょうじは駅からバスで自宅近くまで帰る。
「はい、傘」
「え?もう大丈夫だよ?」
「バス降りてからも家までどうするつもり?」
「……でも、」
「いい加減、男にかっこ悪い思いさすの止めて」
閉じた傘をもう一度差し出せば、おずおずと伸びてくる手。
「俺んちはすぐそこだから。あと、タオルかなんか肩かけた方が良いよ」
別に下着が透けてるとかじゃないけど、濡れた袖が肌にくっついてるのはやっぱりなんかこう…よろしくないと思ったから。
みょうじは小さくありがとうと呟いて、傘を受け取ってくれた。
「…風邪、引かないでね?
あ!そうだ!せめてこれ使って?タオルならもう一枚あるから」
「引かないとは思うけど、…ありがと」
背伸びしたみょうじによって、タオルは頭にかけられた。
急な至近距離に驚いて思わず目を見開いてしまう。
「気を付けてね、赤葦くん」
なんとも形容しがたいゆるい笑顔。
なんだよそれ。
「また明日」
つられちゃうじゃん…。
タオルの裾を抑えながら走り出せば、雨の中でもみょうじの匂いがした。
「…赤葦くん笑った」
お互いがドキドキしてたなんて、誰も知らない。