衝撃を堪えきれず、手に取りかけた本を落っことした。
手を放したそれは、一番上の棚にあったもの。
避けることもできずごつんと角がおでこに当たったも、痛みよりもそれどころじゃなく。
「お、邪魔しましたっ」
そういう他なくて、足元に落ちた本を拾おうかと思ったけれど指先の感覚がわからなくて途中でつかむのをやめた。
「みょうじ!!」
呼び止められるも振り返ることもせず、大急ぎで図書室を飛び出した。
「私ね。朝の読書の本を忘れてね。図書室に借りに行ったワケ」
「ウン」
「そしたら誰が居たと思う?」
「ウン」
「そう!なんとクロ先輩がいたの!それで何してたと思う?」
「ウン」
「私も驚いたんだけどさ…キスしてたのぉ!!女の先輩と!!」
「…ウ、ウン?」
研磨はようやく顔を上げてこちらを見た。
スマホの画面はゲームオーバーの文字。
「男の人とじゃないだけまだ良かったけどさ…。男の人とだったらもっと衝撃だよね…」
「なまえ、ショックで動揺してる?」
「あははは、まさか。ちょっとクロ先輩が女の人とキスしてたからって別に」
「あ、クロ」
「アデュー研磨!銀河の果てで会おうね」
その姿を確認するや否や、私は全速力で逃げだした。
なぜかって?
それは自分でもわからない。
今日部活でも顔を合わせなきゃならないのに、今朝の出来事は衝撃的すぎてちょっとこの心臓の痛みを沈めてからじゃないとクロ先輩の顔が見れそうもない。
撒いただろう。
人気の少ない生物室の校舎裏。
私は荒くなった息を整えた。
「いや、ほんとなんで逃げ出したんだろ」
未だにバクバクとなる鼓動は同時にズキズキもした。
なんで…
「みょうじ」
「ギャヒィィッ!!?」
後からかけられた声に、思わず色気のない声が上がった。
なんでこんなところまで追いかけて来るかな!?
「なんで逃げるんだよ」
「そっちこそなんで追いかけて来るんですか?!」
にじり寄るクロ先輩はその足を止めた。
「……なんでだろうな?」
クロ先輩はその問いに突然フリーズして、自分でも自分の行動がわからない、とでも言いたげな顔をした。
「は?自分の行動がわからないってどういう神経してるんですか?」
あんなキス晒しといて、こっちは動揺してるっていうのに。
あれ、私動揺してるんだ…。
「「……」」
お互いに押し黙り、考えることはどうして追いかけて(逃げて)しまったのかということ。
先に喋り出したのは幾分か年上の自分行方不明中のクロ先輩。
濁った音を発しながら、眉を下げて笑う。
「別にヤマシイことしてたわけじゃなくて。告白されたからフったんだけど、そしたら最後にキスしてくれなきゃ諦められないって言うから…」
随分とオモテになりますなァ。
ストーカーされても嫌だし、今後彼女ができた時に嫌がらせされても嫌だからしかたなくしたんだと弁明した。
いや、弁明されても…。
「私、先輩の彼女じゃないし。あとこれは忠告ですが、もし万が一にでも私が先輩の彼女なら、嫌がらせされても良いからキスはして欲しくなかったと思います」
「ご、ゴメンナサイ」
「なんで謝るんですか。私関係ないです。」
「だよな。俺もわかんねぇわ。でもお前には誤解されたくなかったから」
そうやって都合悪くなる度、悟った顔した猫みたいに笑わないでくださいよ。
本当は全部わかってるんじゃないんですか?
「仲直りしようぜ」
急に詰められた距離でくしゃっと頭を撫でられた。
止めてしまいたいほど、心臓がうるさい。