05




バーボン×組織の一員。



ごそごそと、お腹の辺りで何かが動く気配がした。くたくたに疲れて、漸く得られた睡眠を邪魔された苛立ちに顔を顰めながら瞼を上げる。視線をやや下にずらしてみれば、そこには私の胸元に顔を埋めた彼の頭頂部が見えていた。
相手は―――今回の任務を一緒に遂行し、命からがら逃げおおせた相方は、一糸纏わぬ姿のまま、こちらの自由を奪うように私の腰を抱え込んでいた。妙に息苦しいと思ったのはこれが原因だったかと、私は溜息を吐いて彼の髪の中に自分の手を差し入れた。

「バーボン。私の安眠を遮るなんて、いい度胸してるわね」
「シャワーを先に浴びる権利を奪っておいて、1人だけぬくぬくと眠っているあなたこそ、いい度胸してますね」

彼は顔も上げずにそう言って、私が着ているバスローブの腰ひもに手を掛けた。私はそれを軽くいなしながら、彼の濡れた髪が肌の表面を擽る感触に喉を震わせた。確かに断りも入れずに先にシャワーを浴びて、さっさと眠ってしまおうとしたことは配慮に欠ける振る舞いだったかも知れない。だからと言って、こんな起こし方をしなくてもいいと思うのだが。

「なぁに、溜まってるの?」
「情緒の無い言い方はやめてください。……こういう任務の後は、昂ってしまって眠れないんですよ」
「へえ。品行方正なあなたにも、そんな野蛮な一面があったとはね」
「生物としての本能ですよ。特に今回は、お互いにあと一歩のところまで追いつめられていたでしょう」

確かに彼の言う通りだ、と私は先程終えたばかりの任務を思い返していた。敵対する組織のボスを、彼の部下に変装して拉致することが私達に課せられた任務だったのだが、どこからか私達が今日計画を実行に移すという情報が漏れていたのだ。敵のボスを守る傭兵たちに包囲され、危うく捕えられそうになった私達は、計画を大幅に変更してそこにいる全員を手に掛けた。ボスの身柄だけはどうにか確保できたものの、騒ぎが大きくなりすぎて、撤収するのも一苦労だったのだ。シャワーを浴びて横になり、すぐ眠りに落ちてしまったのも、そう責められる謂れはないはずである。

「私、疲れているんだけど」
「奇遇ですね。僕もですよ」
「じゃあ今日は大人しく眠りましょう。ほら、その手を離して」
「嫌です。あなたが目の前にいるのに、何もせずに眠るなんて勿体ない」

きちんと水気を取っていない彼の肌は、もうすぐ三十路にさしかかろうという年齢にはとても思えないほど滑らかだ。特に男に関するフェチはない私でも、彼の鍛えられた肉体には思わず見惚れてしまう。

「淡白そうに見えて、あなた、これまでに組んだ相手といつもこんなことをしていたの?」
「まさか。あなたが相手だから―――とでも言えば、受け入れてくれますか?」

バーボンは一旦不埒を働こうとする手を止めて、私の顔を覗き込んだ。私は薄く笑って、彼の瞳を見つめ返す。色素の薄いバーボンの瞳の中に、不機嫌な顔をした私の顔が映っていた。

「20点」
「……は?」
「だから、20点よ。あなたの口説き方に点数を付けるなら、20点しか与えられないわ」
「これは手厳しいですね。あなたのコードネームのように辛口だ」
「そうでもないわよ。むしろその見目の良さに免じて、20点も差し上げたことに感謝してほしいくらい」
「でも、20点じゃ赤点じゃないですか。追試を希望します」

彼は私の頬を撫でて、それから額に唇を降らせてきた。自然にこんな行動がとれるのなら、むしろ下手な口説き文句など必要ないのではないかと思った。思うだけで、口にはしない。

「あなたの唇、冷たいわ」
「ああ、すみません。どうせすぐに温かくなるだろうと、高を括っていたもので」
「生憎だったわね。あなたはそのつもりでも、私は眠る気満々だったわ」
「だった、という事は、今は気持ちが変わっているんでしょう?」

自信満々に微笑んで、彼は私の太腿に手を滑らせた。肌蹴たバスローブから覗く白い脚に、褐色の彼の腕が絡まる様が、ひどく卑猥な光景に見えた。

「……ちょっとだけね。35点」
「おや、まだお預けですか。そろそろ寒くなってきたんですが」
「そんなの自業自得じゃない。あなたのバスローブはそこよ」

そこ、と言って私はベッド脇のソファに掛かっているバスローブを指差した。寒いのなら気兼ねなく着たらいい、と私は素っ気なく答えた。

「嫌です。僕を温めるのはあんな布きれではなくて、あなたの柔らかい肌がいい」

彼はそう言って私の胸元に頬を擦り付けた。据わりのいい位置を探しているのか、彼は何度もそこに耳を押し付けた。
そうして気付いた。彼がさっきから躍起になって耳を押し付けているのは、私の鼓動を聴きとろうとしているからなのだと。私の心臓が脈打っていることを確認して、私が確かに生きていることを実感したかったのだと、気付いてしまった。

「バーボン」
「何ですか?」
「そんなに怯えなくても、私はちゃんと生きてるわよ」

私がそう投げかけると、彼はぴたりと動きを止めた。私はもう一度彼の頭に手を伸ばし、子供をあやすように髪の毛を梳いてやる。

「確かに何度か死にそうな目には遭ったけど、私はまだ生きてるわよ。だからそんな顔をしないで」

こちらからは角度的に見えないが、私は彼の滑らかな頬にするりと手を滑らせた。やがて彼は深い息を吐いて、のろのろと顔を上げた。その目が僅かに潤んでいるように見えたのは、きっと錯覚などではない。

「……なら、もっとあなたが生きている実感を下さいよ」

あなたの熱を、僕に下さい。彼はそう言って、私の掌に懇願のキスをした。
長い前髪の隙間から、燃えるような彼の瞳がこちらを射抜く。たったそれだけのことなのに、私は背筋をぞくぞくしたものが這いあがっていくのを感じていた。
それが冷えた体から伝わる寒気ではないことは、認めざるを得なかった。

「……ふふ。いいわ、80点」
「残りの20点は?」
「それはこれからの頑張り次第ね。私を満足させられるかしら?Bambino」

精々挑発するように微笑めば、バーボンはぺろりと自分の唇を舐めた。

「ええ。期待していてくださいね」

溢れんばかりの色香に呑まれ、私が大人しく瞼を下ろしたのを合図に、彼は私の唇に咬みついた。




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