体育





午後の体育ほど最悪なものはない。何せ陽射しが一番きつい時間帯である。そしてご飯を食べた直後なので、体を動かすのが億劫だということもある。
けれど、私のテンションは大いに上がっていた。何故なら今日の種目はソフトボールだったからである。服部君の影響を受けて野球を観るようになった私は、ソフトボールもルールだけはちゃんと理解出来るようになっていた。

テンションが高いもう一つの理由としては、他のクラスと合同で授業を受けることが出来るというのもある。
私は用具入れの前に立っていた、去年のクラスメイトに向けて大きく手を振った。

「蘭ー!園子、世良ちゃーん!」
「みずほちゃん!和葉ちゃん!こっちこっちー!」

理系特進クラスの3人は、こんな時でなければ授業で会うことはない。理系特進クラスということは赤井先生の受け持つクラスということで、極力近寄りたくない場所でもあったからだ。世良ちゃんにそれを知られた時は、秀兄の授業が嫌いなんて勿体ない!と力説されたものだけど。

「でも不思議だよなあ。こんなに細いバットでも、当たればちゃんと飛ぶんだもんなー」
「世良ちゃんは野球とかあんまり見ないの?」
「ボクがいた所は、野球が盛んな地域じゃなかったからなあ。日本の野球熱はすごいと思うよ!」
「そっか、世良ちゃん帰国子女だったっけ。サッカーが盛んな国だったの?」
「サッカーとか、クリケットとかだな!蘭君の彼氏はサッカー派だっけ?」
「か、彼氏じゃないよ!まだ!……確かに新一はサッカー派だけど、服部君は野球派だもんね」
「平次なあ、贔屓のチームが負けた時はえっらい機嫌悪なるねん。解りやすぅてええけど、どうせやったらあたしらの平穏のためにもスカッと勝って欲しいわぁ」

プロ野球の贔屓のチームが勝てば家庭内平和が保たれ、負けたらギスギスするというのは、関西のご家庭あるあるネタなのだそうだ。

「おーい、お前らいつまで駄弁ってんだ!さっさとグローブとボール持ってキャッチボール始めろよ!」
「はーい!」
「すみません、伊達先生!」

体育の伊達航先生は、ぶっとい眉毛がチャームポイントの、いかつい体格の先生である。伊達先生もまた安室先生とは仲良しで、2人の見た目からは想像できないけれど、体術では一度も安室先生に勝てたことがないのだそうだ。柔道の授業で現役男子高校生をばったばったとなぎ倒している伊達先生の姿を見れば、優男風の安室先生が太刀打ちできる相手にはとても見えないのに。安室先生、恐るべし。1度2人の組んでるところを見てみたいと思ったけど、柔道着が肌蹴て先生の腹筋が覗いたりしたら、死人が出るだろうなとも思った。

「藤原、今日の日直お前だったな」
「はい!」
「ライン引き任せていいか?」
「了解しました!」
「お前は返事がいいから気持ちいいな!」

伊達先生は私の頭をぐりぐりと押さえつけながら、豪快に笑った。

「せんせー、縮む縮む、おチビになっちゃう!」
「藤原は元からチビだろ!今更気にすんなよ!」
「これ以上おチビになったら、小学生サイズになっちゃいますよ」
「見た目は小学生で中身は高校生か。中々面白そうな人生じゃねぇか?」
「メタ発言はやめましょうね!」

私はぐりぐりされすぎて若干痛む首をさすりながら、ライン引きを取りに行った。音楽の景光先生と仲良くなってから、自然と景光先生の大学時代の同期だという先生達とも仲良くなった。同期と言うのは景光先生、伊達先生、松田先生、(扱いは若干雑だけど)萩原先生、そして安室先生の5人である。大学ではさぞかし目立つ5人組だったに違いない。

(安室先生の大学時代、かあ。どんな見た目だったんだろ)

私の中の偏見に満ちた大学生像というのは、髪を染めてパーマかけて、大きめの伊達眼鏡を掛けるイメージだった。けれど安室先生は、今の見た目以外なんだか想像がつかなかった。
というか今の見た目のまんまでも、大学では相当モテていただろうけど。本当にカッコいいひとは変に飾らないほうが素敵なのだと、安室先生を見て初めて知った。

そんなことをのんびり考えながらキャッチボールをしていたせいだろう。背後から聞こえてきた悲鳴のような声に、私は咄嗟に反応できなかった。

そしてとんでもない衝撃が、背中を襲った。

「みずほー!ごめん、大丈夫!?」
「うわっ、大丈夫か!?けっこう勢いよく当たったけど……」

余りの痛みに体を丸めて悶絶していると、背後から園子と世良ちゃんの声が聴こえてきた。どうやら園子が投げたボールが軌道をそれて、私の背中に命中したらしい。

「な、ナイスボール……」
「いやいやナイスちゃうやろ!早う冷やしに行かんと!」
「本っ当にごめん!あ、歩ける?」
「な、何とか……げほっ」

デッドボールってこんなに危険だったんだ。硬球に比べればずっと柔らかいソフトボールでさえこの威力なんだから、硬球が当たったら骨折したりハゲたりするのも無理はない。

「伊達先生!藤原さんが怪我したんで、ちょっと保健室行きます!」
「おう、大丈夫か藤原。遠山、付き添ってやってくれ」
「はい、解りました!」
「いやいや、付き添いなんてええて、ええて」
「よーないわ!ええからアンタは、しっかりアタシの肩に掴まっとき!」

下手な関西弁で誤魔化そうとしても無駄だったようだ。結局私は和葉に肩を借りながら、よたよたと保健室を目指して歩き出した。


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