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米花駅のロータリーに着くと、安室さんの愛車が停まっているのが見えた。彼はすぐ傍できょろきょろと辺りを見回し、さくらさんの姿を探していた。

「安室さぁん!」
「っ、コナン君!?どうして来たんだ!」
「ベルモットが関わってるんだろ!?だったら僕が行った方がいいよ!」

どういう訳か知らないが、ベルモットにとって俺は危害を加えたくない相手らしい。俺が直接彼女を探して連れ戻しに行けば、俺にまで危険が及ぶような乱暴な手段を避けてくれるだろうという目論見があった。それを抜きにしても、さくらさんを奴らの手で殺されるようなことがあってはならないと思った。敵にした時の手強さはついこないだ味わったばかりだが、味方であってくれればこれほど心強いことはない。

と言うのは建前で、単純に俺はさくらさんが死ぬところなんて見たくないんだ。何だかんだで仲良くさせてもらっているうちに、俺も灰原ほどではないにしろ、彼女に懐いてしまっていたのだから。

「さくらさんの命が掛かってるんでしょ!?協力するから、早く手掛かりを教えて!」
「……迷っている時間はないか。コナン君、乗ってくれ!」

安室さんと一緒に車に乗り込み、シートベルトを締める。安室さんはどこかに連絡するためにスマホを取り出す、かと思いきや、左手首に嵌めた時計を6回クリックした。

「ギルバート!」

そうして呼んだのは、さくらさんや阿笠博士の友人だという謎の外国人の名前だった。公安警察の部下にでも連絡をするのかと思っていたから、この人選は意外だった。

「ハイ、降谷さん。通信は良好です」
「暢気なことを言っている場合か!今すぐ、さくらのスマホから居場所を割り出せ!」

高圧的な物言いにも、ギルバートさんは気分を害した様子もなく答えた。

「申し訳ありません、降谷さん。さくらは今日、いつものスマホやヘッドホンを持ち歩いていません」
「……理由は!」
「私の存在を秘匿するため、そしてベルモットにダミーのiPhoneを触らせるためです」
「そのダミーのiPhoneから居場所を特定することは?」
「不可能です。さくらは自分のiPhoneのIMEI/IMSI偽装プログラムを自分で書いてC2値を変え、W-CDMA方式のいかなる傍受機器も出し抜けるように設定しています」

チ、と安室さんは短く舌打ちをした。ですが、とギルバートさんは淡々と続けた。

「先ほどベルモットがさくらのiPhoneに触れた時に、ホームボタンから指紋の採取に成功しました。そこから彼女の使っている携帯電話の端末は特定済みです」

さくらさんのiPhoneの追跡は出来ないが、ベルモットのスマホなら追跡可能だということか。それを聴いて、安室さんはほっと息を吐き出した。

「だったら可及的速やかに、ベルモットとさくらの居場所を突き止めろ」
「リミットは?」
「5分―――いや、3分だ」
「了解しました」

ギルバートさんがどんな人間なのかは知らないが、さくらさんにも引けを取らないほどの技術者には違いないようだ。しかし3分は無謀すぎるだろうと思った矢先、あっさりとギルバートさんは承諾した。驚きを隠せないまま、俺は安室さんの横顔をこっそり窺った。

余裕のない顔をしているかと思いきや、案外落ち着き払った表情をしていた。それが却って恐ろしくて、俺は運転中だと知りつつ隣に声を掛けた。

「安室さん」
「ん?」
「……さくらさん、きっと無事でいるよ」
「そうだね」

当然のことを言うな、と言わんばかりの声だった。これ以上つつくと藪蛇だな、と判断し、俺は大人しく口を噤んだ。

さくらさん。どうか俺達が向かうまで、無茶だけはしないでくれよ。祈るようにそう心の中で呟いて、俺はシートベルトを握りしめた。

*****

ギルバート。
その名前は、1年半前に私達が組織に引き入れようとしたプログラマーと同じ名前である。そして今回、組織が目を付けた本田さくらとも、深い関わりがあった男だ。

私は努めて冷静な声を出しながら、男がどこからか私を見ていることも考えて、バーボンの演技を続けた。

「僕の知る“ギルバート”という男は、既に亡くなっているはずです」
「だから言ってるじゃないか!俺は亡霊だとね」
「冗談を聴いている余裕は、こちらにはないんですが」
「そりゃあそうだろうな。だって思いもしなかっただろう?」


まさかさくらのiPhoneをハッキングしようとして、自分のスマホが乗っ取られるなんてな。


「―――!?」

その言葉に、私は目を剥いて自分のスマホ画面を凝視した。それでも男の低い声は、スピーカーを通じて憎たらしいほどよく届いた。

「あれ?気付いてなかったのか?君のスマホの情報は全て、俺が管理する遠隔サーバーにコピーさせてもらったぞ」

このまま俺と通話を続ければ、君のスマホのデータが全て、俺の作ったでたらめな物に上書き保存されてしまうだろうな。男は実に楽しそうに、悪魔のようなことを言った。データを徹底的に上書きされてしまえば、もう2度と復元できない。

しかしそう言われても、こんな状態で通話を切れるはずもなかった。

「まさか、そんなこと出来る訳が」
「出来るんだなー、それが。俺を誰だと思ってるんだ?君たちと長年やりあってきた、天才プログラマー様だぞ?」

どうしても自分が置かれている状況が理解出来なくて、私は小さく首を振った。

あの男は確かに死んだはずだ。あの列車事故の後、一切消息が掴めなくなったのだから。念のために生前交流があった人間にも探りを入れたが、誰もが非凡な才能を喪ったことを嘆くだけで、その死を疑う人間はいなかった。

だが、こんなサイバー攻撃を仕掛けられるような技術を持った人間など、この男の他にはあり得ない。

「お前はもう、死んだはずじゃ……」
「ハハハ!その言葉、そっくりそのまま返すよ。お前だってもう死んだはずだ、シャロン・ヴィンヤード」
「っ!」
「お前たちは何年経っても頭が固いな!思い込みや先入観は視野を狭くするぞ?」

お前が規格外すぎるだけだ、と言ってやりたかった。私達だって決して小粒な人間ではないと自負しているが、この男にとっては小手先で遊んでやる程度の相手としか認識されていない。

「俺がお前たちに狙われたということは、次は俺の愛しい愛しい弟子が狙われる可能性は高い。そんな子供でも解る結論に、俺が何の対策もしていない訳がないだろう?」
「対策……?それじゃあまさか、今日私が本田さくらに接触することも」
「ああ、勿論予想通りさ!お前が変装の達人だってことはよーく知ってるからな。現にこないださくらに化けて、あの喫茶店に情報を集めに行っただろう?」

この男は、どこまでこちらの動きを把握していたのだろう。この数日を思い返して、私はぞっと背筋を震わせた。

「だからバーボンとか言う男が3日でケリをつける、と言った時、必ず君が出張って来るだろうと思っていたよ」
「あ―――あの時から、今日のことを予測してたって言うの!?」
「イグザクトリィ!わざわざ自分の目の前であの男からさくらに連絡をさせたり、執拗にさくらとあの男の関係を探ろうとしたり、おまけにあの男の服に盗聴器を仕掛けたりしていれば、自ずとお前の目的は見えてくるってもんだ」

ベルモット、と電話の向こうの男は呼んだ。全く温度を感じさせない、機械的な声色で。

「さくらを大人しく解放しろ。さもなければ、お前の秘密が組織全員の知る所となると思え」

秘密というのが私とボスの関係を指すものだと気付いて、私はスマホを握る手に力を籠めた。

「その秘密は、組織の中でもバーボンしか知らないはずよ。まさかバーボンが、お前にその情報を渡したんじゃないでしょうね?」
「この期に及んで“バーボンしか知らない”と言い切れる思考回路には恐れ入るよ。まあ、俺は愛しい弟子を誑かすあの男が大嫌いだから、お前があの男を疑って殺しでもしてくれれば、むしろ万々歳なんだがな」

男の声は半ば本気だった。本気だと伝わるような低い声音を、男は一瞬で切り替えた。

「俺がお前の秘密を握っていることが、まだ信じられないかい?だったらここで暗唱してみようか。君たちのボスの正体と連絡先、それからラムとかいう人間の正体とその居場所をね」

背筋を冷たいものが伝った。私がスマホを乗っ取られたせいでボスやラムの情報が流出したとなれば、さすがにあのお方も黙ってはいない。

「お前は―――、どこまで知っているの?」
「俺が知っていることなんてほんの少しさ。薬のこととか、それがもたらす効果とか、お前の体が若返った秘密とかな。どうだ、ほんの一握りだろう?」

飄々と嘯きながら、男はもう一度私のコードネームを呼んだ。


「これが最後の忠告だ。さくらから手を引け。それが出来ないと言うのなら、お前が抱える秘密諸共、お前が大事にしているあの人間たちの情報も、組織の全ての人間の知る所になるだろうな」


最後通牒を突き付けて、プログラマーの亡霊は喉の奥で嗤った。


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