14





コナン君が妃法律事務所から出てきたのを確認し、僕は愛車を発進させた。しかし彼は僕が後から付いてきていることに気付いていたようで、Uターンして道路の真ん中に立ち塞がった。それを見て、僕は車を道路脇に寄せてハザードを焚いた。

「僕が来ることが解ってたようだね」

自分でも思いがけないほど、落ち着いた声が出た。先程日比谷公園で別れた時は、我ながら悪役のような顔と態度が嵌りすぎていたというのに。
少年は僕と視線を合わせずに、淡々と答えた。

「初めに違和感に気付いたのは、あの時だよ」

毛利探偵事務所に、警視庁公安部の人間が家宅捜索に入った時。さくらに作ってもらった遠隔操作アプリを風見に託し、コナン君のスマホに仕込んでもらった時のことだと彼は言った。彼に気付かれないようにポケットからスマホを抜き取り、音を立てずに外付けハードディスクからアプリをインストールさせたのだ。

「博士に調べてもらったら、見覚えのないアプリが入ってた。アイコンが残らないタイプのね。……これ、さくらさんが作ったんだろ?」

彼はスマホを僕に突き付け、検出したアプリのアイコンを見せた。公安警察に依頼されて仕込んだのに相応しい、桜の代紋を模したようなアイコンだった。隠す気が無さ過ぎて逆に清々しい。

「彼女が作ったという証拠は?」
「無かったよ、さすがだね」

皮肉気に答えて彼は笑った。だが、博士がこのアプリを検出しやすかったのは、彼女の手の内をよく知っているからだとコナン君は言った。その上で、これは害のあるものじゃないから消さなくて大丈夫だと言われたとも。

「それで、君は素直にアプリを抜かずにおいたのか」
「ああ。さくらさんが今回の事件で重要な情報を掴んでいることは解ってたし、それを知ったら安室さんがどう動くかも想像はついたからな。……安室さんも、解ったんだろ?」

彼はここで僕を振り返った。ニヤリと笑った口元が、自信に満ち溢れていた。

「テロの犯人が、さ」

僕は小さな笑いを零した。まったく、この少年は本当に恐ろしい。

「勿論だ。犯人と、そしてその動機もな」

動機はさくらの読み通り、我々公安警察への復讐である。NAZU不正アクセス事件に関連して起きた、ゲーム会社のアクセスデータ窃盗事件。あの容疑者だった羽場二三一の死が、今回の一連のテロの動機だった。
何という皮肉だろう、と僕は去年羽場と交わした会話を思い返していた。

「彼の命日は、去年の今日だった。だからさくらは、今日も犯人が何かを仕掛けてくる可能性が高いと踏んでいた」
「去年の、今日……?」

そこでコナン君は何事かに気付き、はっと息を呑んだ。次の瞬間、左腕のスマートウォッチが激しく振動する。ギルバートからの通信である。

「降谷さん、運転中に申し訳ありません。至急お伝えしたいことがあります」
「どうした?ギルバート」
「はい。先ほどさくらが作ったNorの匿名性解除システムで犯人のスマホを特定し、ハッキングすることに成功しました。そうしたら―――」

そこで告げられた言葉に僕が目を剥くのと同時に、コナン君が叫んだ。

「きっとまだ、犯人の復讐は終わってない!!」

彼は即座に体を反転させ、スケボーを発進させた。僕も直ちにそれに続く。
焦る僕達の行く手を阻むように、前方では事故が多発し始めた。またしてもIoTテロによって、カーナビやスマホがやられたのだ。衝突した車が宙を舞い、僕の頭上から降ってくる。

「チィッ!」

ハンドルを切ってそれを躱し、先行するコナン君の背中を追った。交差点の中は動けなくなった車でいっぱいだ。
コナン君は驚くべき身体能力で鉄の塊となった車を乗り越え、トラックの下をくぐり、オリンピックの競技のように華麗にダブルコークを決める。

しかし、コナン君の小さな体に向かって、トラックと衝突した乗用車が飛んでくるのが見えた。その瞬間、僕はアクセルを踏み込んで彼の前に車体を躍らせた。

派手な衝突音を立てて、乗用車と僕の愛車がぶつかり合う。

宙に浮いた車体が地面に叩きつけられ、あまりの衝撃にさすがにすぐには呼吸が出来なかった。

「安室さぁん!!」

どうやら難を逃れたらしいコナン君の呼ぶ声に、僕は痛む体を押して車体をバックさせた。フロントガラスに罅が入って視界が悪くなっていたため、裏拳を3発お見舞いして粉々にぶち破る。

「行けぇ!」

僕の方は無事だから、君は気にせず先に行け。そう言うと、コナン君は口を引き締めて頷いた。スケボーが猛スピードで通って行った道を、僕は一拍遅れて追随した。

ギルバートやコナン君の言う通り、事件はまだ終わっちゃいない。むしろここからが本番だ、と僕はハンドルを握る手に力を込めた。

*****

「さくら、迅速な対応、お疲れ様でした」
「あなたもね、ギルバート……。今回は出血大サービスだわ、本当に」

博士の家のギルバートの端末があるラボで、私はぐったりと机に突っ伏した。

零さんからの依頼を受けて、Norの匿名性を解除し、IoTテロの犯人のスマホを特定するシステムを構築し、あの人が犯人であるという証拠を掴むことに成功した。2時間という制限時間を設けたものの、可及的速やかに、という意識のもと、システムを完成させるのに掛かったのは1時間と少しの時間である。それを可能にするために、私はドイツで現在開発している新しい量子コンピュータ、“Q-WAVE”を稼働させなければならなかった。

Qはクォンタム(量子)の頭文字である。また、NAZUやグーグルのD-WAVEの性能よりもクォンタム(飛躍的)に進化したもの、という意味も込めて、仮の名前として付けたのだ。
構造上はD-WAVEと大きな違いはないものの、この量子コンピュータは従来のスーパーコンピュータと大きく異なる点があった。それがバイキャメラリズム―――“対をなす脳”である。

人間の脳は左脳と右脳に分かれている。左脳では記憶や言語などの情報を司り、右脳では感性を司る。それをマレノストルム・コンピュータとオスミウムの立方体で囲まれたもう一つのコンピュータを組み合わせて再現することで、情報処理や機械学習の機能を格段に向上させることに成功したのだ。
Q-WAVEはドイツの学術都市ミュンヘンにある。研究チームのメンバーの2階建ての持ち家を丸ごとラボに改造し、1階部分に“左脳”を、2階部分に“右脳”を設置したのである。

研究段階にあるこのコンピュータを使用するには、当然ながら研究センターの所長の許可がいる。その許可を取るための言い訳を考えるのが、正直Norの解析よりも骨だった。

(Q-WAVEの使用報告書に、何て書けばいいのよ……。公安警察が秘匿された存在だっていうのが、こういう時ネックになるのね)

勿論タダで動かしてもらえる訳ではないから、稼働にかかった金額も後で計算しなければならない。何はともあれ、最新鋭の量子コンピュータを使って新しいNorノードを開発し、Iotテロを引き起こした犯人のスマホを特定することには成功した。

そして犯人のスマホをハッキングしたところ、驚くべき事実が解ったのだ。

犯人は今もなお、更なるテロを企てている。
犯人のスマホは現在、バグを混ぜたNorを介してとあるサーバーをジャックしていた。そのサーバーとは、NAZUの無人探査機の地上局の管制センターのものである。

―――犯人の目的は、今日地球に帰還する予定の無人探査機“はくちょう”にあったのだ。


[ 67/112 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]