08





日下部検事がおっちゃんの起訴に対して追加捜査を依頼した、という話がどうしても気になって、俺は警視庁に足を運んでいた。目暮警部を捕まえて、警視庁のロビーに2人並んで腰掛ける。

「小五郎のおじさんのパソコンが、誰かに操られている可能性を調べてるんだよね?」

そんなことをしたのはどうせさくらさんだろう、という呟きは心に秘めておいた。例え俺がさくらさんの名前を目暮警部に伝えたとして、あの人が足が付くような真似をするはずがないのだ。今はパソコンが操られている可能性の有無よりも、何故日下部検事がおっちゃんの起訴に消極的なのかを知りたかった。

「まあ確かに、日下部検事に追加の捜査を頼まれてはいるんだが……」
「言える範囲でいいから教えて?新一兄ちゃんが小五郎のおじさんを助けるために、どんな情報でもいいから欲しいって」

何でもいいから、今は情報が欲しかった。公安という組織の政治力を見せつけられ、曲がりなりにも俺はショックを受けていたのだ。だからこそ、頼りになる大人を見つけたかったのだと思う。

しかし、そこに静かな横槍が入った。

「毛利先生がどうしたって?」
「安室君!」

大きな紙袋を左手に下げた安室さんを見て、目暮警部が驚いた声を上げる。俺達の座るシートにまっすぐに向かってくるその足取りは、まるで俺がここに居ることを確信していたかのようだ。

「……聴いてたの」

警戒心も露わに睨み付けると、彼は惚けたようにわざとらしく首を傾げた。

「何を?僕は毛利先生が心配で、ポアロから差し入れを持ってきただけだよ」

おっちゃんを嵌めた張本人が、おっちゃんを心配だと?どの口が言うんだ、と俺は皺の寄った眉間に力を込めた。目暮警部は毛利君はここには居ないよ、と手を振り、俺もそれに追随する。

「送検されたら原則、身柄は拘置所へ行く。安室さんが知らないはずないよね?」
「へぇー、そうなんだ。君は相変わらず物知りだね」

空っ惚けた調子のまま、安室さんはそれじゃ、僕はもうポアロに戻るよと言って踵を返した。こちらばかり掻き回されてたまるか、と俺は反撃することにした。

「安室さん、さくらさんにはもう会った?」
「いや、まだだけど?」

彼は淀みない口調で答えたが、身構えるように一瞬肩に力が入ったのを俺は見逃さなかった。大嘘吐きめ、何がまだ会っていない、だ。

「さくらさん、寂しがってたよ。安室さんに会いに帰国したのにドタキャンされたって」
「そうなんだ。それは悪いことをしたな」
「何で会えなくなっちゃったの?」
「大人にはね、色々な事情があるんだよ」

会いたくても会えない時にお互いの気持ちを押し付け合うほど、僕も彼女も子供じゃないからね。そう言って安室さんは、今度こそ出口に向かって歩き始めた。

(一体、何が狙いなんだ……)

俺が目暮警部から情報を得ることを邪魔しに来たのかとも思ったが、あっさりと帰ると言う。さくらさんの名前を出しても動揺を見せない。全く彼の行動の意図が読めすに困惑していると、その向こうからもう一人の男が歩いてくるのが見えた。

安室さんの部下である、警視庁公安部の風見刑事だった。

彼は安室さんとすれ違いざま、何事かを呟いた。安室さんの頭が小さく縦に振られる。
それで気付いた。安室さんの狙いは風見刑事との接触だったのだと。

(何だ?安室さんに何を話した!?)

安室さんはさっさと出口へ向かって行ったが、風見刑事はこちらへ近づいてくる。俺は立ち上がり、聞き分けのないガキの振りをしてその腕に纏わりついた。

「ねえ刑事さん!おじさん家から持ってったパソコン、返してよー!」

僕の好きなゲームも入ってるんだから、と喚きながら、博士の作ったシール型の盗聴器を風見刑事の袖口に忍ばせる。風見刑事は俺の態度に驚きはしたようだが、怪しまれることはなかった。

「あれは証拠物件だ。まだ返せない」
「こーら、コナン君!やめなさい!」

さすがに見かねた目暮警部によって、俺の体は風見刑事から引き剥がされた。だが目的は既に達成している。

子供らしくまだ文句を述べる俺に辟易したように、風見刑事は溜息を吐いて警視庁の奥へ歩いて行った。



妃法律事務所に戻ると、蘭が心配そうな顔で出迎えた。

「コナン君!何度も電話したのに出ないから、心配したのよ」
「え?」

俺は自分のスマホを尻ポケットから取り出した。画面を確認しようとして、あれ、と首を傾げた。

「バッテリーが切れてる……」
「あら。あれで充電できる?」

英理おばさんが指さしたコネクタを、俺は有難く借りることにした。それにしても、いつもはもっとバッテリーがもっていたと思うのだが、今日は何故こんなに早く切れてしまったのだろうか。

「で?何で電話くれたの?」
「もうすぐ事件の資料が届くの。コナン君にも見て欲しいなって思って」

コナン君はよく面白い所に気付くし、それに何かあったら新一に伝えてくれるかも知れないし。そう言って蘭は力なく微笑んだ。
俺は何とか蘭を元気付けたくて、力を込めて答えた。

「うん。新一兄ちゃんに、必ず伝える!」

お前が辛い思いをしているときに、誰より俺が支えてやりたいって思ってることを、お前だけは疑わないで欲しい。そんな思いを込めて伝えれば、蘭はさっきよりも幾分明るい笑顔を見せてくれた。

*****

「さくら、コナン君がアプリの存在に勘付いたようです」
「え?」

警視庁からポアロへ向かう車の中で、私は零さんの左手首から聞こえた声に驚きの声を上げた。

「スマホのバッテリーが普段より早く切れたことで、何らかの不具合を疑っています。さくらのアプリが簡単に検出されるとは思いませんが、念のために博士に根回しをしておくべきかと」
「へえ。それに気付くなんて、あの子も少しは冷静さを取り戻してくれたのかしら?」

私は慌てることなく髪を指先に引っ掛けて弄んだ。そう来なくては、彼にあのアプリを仕掛けている意味がない。
これから先の推理は、探偵である彼の領域だ。

「さくら、随分と嬉しそうだな」
「そう?まあ、あの子が頑張ってくれればあなたの仕事が早く片付くでしょうしね」

そうしたら、埋め合わせのデートも満喫できるでしょう?そう言ってウインクを飛ばすと、彼は期待しておけ、と笑って私の頭を撫でてくれた。

「ついさっき風見から聴いたが、NAZUが捜査協力を引き受けてくれることになった」
「NAZUの協力を得られるなら、私はこれ以上手出ししない方がいいわね」
「ギルバートも同じことを言ってたが、そういうものなのか?」
「そういうものよ。手柄の取り合いや縄張り意識は、警察の中にだってあるでしょう?」

私の答えを聴き、彼はなるほどと言って前を向いた。

私やギルバートがいくらNorの匿名性を解除しようと奮闘しても、NAZUが使っているD-WAVEプロセッサに匹敵するほどの処理速度は持ち合わせていない。それに、NAZUのシステムに下手に干渉して、間違って彼らに目を付けられるような真似は避けたかった。

この時、私はすっかり自分の役目は終わったような気持ちで、事件の解決を待つつもりだった。残念ながら私とギルバートの出番は、まだまだ残されていたのだけれど。


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