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夜を徹して捜査を進めていく中で、僕は進捗状況を確認するために部下の風見に連絡を入れた。通信を傍受されないように、こちらは公衆電話から掛けている。

「残念です。降谷さんの言った通りになりました。もっと早く解っていれば、我々公安の仲間が死ぬことは……」

風見は口惜しそうな声音を絞り出した。あの時、もっと早くIoTとガス栓の関連性について気付いていれば、と僕も歯噛みしたい気持ちでいっぱいだった。

「ああ。まさか、サミットの前に爆破されるとは……」

これでサミット当日の警備体制はより厳重になる。わざわざそんなリスクを背負ってまで、犯人がこの時期に事を起こした意図が解らなかった。

「現在我々は、公安のリストにある国内の過激派や、国際テロリストを調べていますが、降谷さんの方は?」
「現場のガス栓にアクセスした通信を調べている。少し変わったシステムが使われているようだ」

本田さくらや人工知能のギルバートは、今回の捜査においては警察庁内部のサイバーフォースセンターにも勝るとも劣らない能力を発揮してくれている。今回アクセスに使われたソフトウェアについては、もう少しで特定できるだろうとついさっき報告があったばかりだ。

「それは、一体何ですか?」
「捜査が進み次第、うちから警視庁公安部に伝える」

警視庁公安部は、我々ゼロと実際に捜査に当たる警視庁の人間とを繋ぐパイプのようなものだ。ゼロの人間がのこのこと捜査会議に顔を出す訳にはいかないから、彼にはいつも僕の代弁者として嫌な役目も負ってもらっている。風見は解りました、と短く返事をした。

「例の件はどうなってる?」
「はい、2291を投入する手筈になっています」

その答えを聴くと同時に、電話ボックスの外では空が白み始めた。時間も忘れて捜査をしていたら、いつの間にか夜が明けようとしている。

この非常時でもこれほど美しい表情を見せるこの国を、何としても守らなければならない。

「降谷さん?」
「解った。また進展があれば教えてくれ」

用件を伝えて僕は受話器を下ろした。ふと左手首を見下ろすと、タイミングよくさくらからのラインが届いていた。彼女も徹夜で動いてくれているのだ。
履歴の残る文字でやり取りすることは出来ない。今直接話せるか、という質問に、僕はもう一度公衆電話を持ち上げて彼女の番号を押した。

「はい、零さん?」
「さくら。何か解ったのか?」

期待を込めて問うと、彼女はごめんなさい、と謝った。

「それはまだよ。その前に、耳に入れておきたいことがあって」
「謝らなくていい。何があった?」
「思っていたより早く、爆発物の特定ができるかも知れないわ」

聴けば、昨日のうちにコナン君が阿笠博士に爆発物の特定を依頼していたのだと言う。情報源は彼女が生んだ人工知能である。

「博士の家の端末から、ギルバートがこっそり博士とコナン君の会話を傍受したみたい」
「さすがに彼は君に忠実だな。しかし爆発物の特定なんて、一般人が一体どうやって?」
「博士が開発した新しいドローンを使って、現場の詳細な撮影をしたんですって。そんな物の侵入を許すなんて、現場の管理は大丈夫?」
「……耳が痛いな。現場の保持をしている部下にはきつく言っておく」

鑑識の報告は僕にも上がってきているが、原因となる爆発物は今の所見つからなかった。高圧ケーブルのトラブルかも知れない、と聴いてさくらが半年前に組織の人間に仕掛けたトラップを思い出したが、あれは小規模な爆発であって決して死傷者を出すようなものではない。

「それで、今やってる作業が終わった後、博士たちの所にお邪魔しようかと思ってるの。ギルバートなら、何万という情報を一度入力してしまえば、解析して爆発物と同じ物を特定することはお手の物だし」
「ああ、それが彼の本領だからな」

実際に僕自身も、彼の機械学習や情報処理の力を借りて物的証拠の特定をしたことは何度もある。

「そういうこと。それじゃ、特定でき次第そちらについても情報を送るわね」
「ありがとう。あまり無理をするなよ」

恐らく昨日―――フライトの時間も含めれば一昨日から満足に眠っていないだろう彼女を気遣ってそう言えば、彼女は無理するわよ、あなたのためだもの、と言って笑った。

*****

工藤君に依頼されたドローンでの撮影は、子供たちの協力によって順調に終わった。
子供たちの吸収能力というのは目覚ましいものがある。博士のドローンに初めて触ったのは昨日のことだというのに、あの3人はたった1日で3つのコントローラーを使いこなし、ドローンを正確に飛ばして見せた。

集まった写真は8千枚を超えている。それらの中から爆発物となった物を特定し、その手口を探ってくれ、というのが工藤君の依頼の主旨だった。

(全く、毎度毎度、簡単に言ってくれるわね……)

重い頭を抱えながら私が地道に写真の取り込みをしていると、インターホンが鳴って来客があることを知らせた。この忙しい時に誰だろうか、と若干苛々しながら玄関に向かう。

けれどそこに立っていた人影を認めて、私は一転して歓喜の声を上げた。

「ハーイ、哀ちゃん。連絡もなしにごめんなさい」

その人影こと昨日帰国したばかりの情報処理のスペシャリストは、今の私にとっては救世主のように見えた。

「さくらさん!いいタイミングで来てくれたわ」
「ん?どうかしたの?」

目を瞬かせる彼女は、つい昨日起きたばかりの爆発事件について何も知らないようだった。

「昨日ニュースで見なかったかしら?東京湾の埋め立て地の、エッジ・オブ・オーシャンで爆発があったの。あの、安室さんって人も現場にいたようなんだけど……」

私がニュースの映像で彼の姿を見た気がするだけだから、勘違いかも知れないけれど、さくらさんなら彼から何か聴いているかも知れないと思った。
安室透の名前を出すと、彼女はああ、と納得したような声を出した。

「至急取り掛からなきゃいけない件があるって言われたんだけど、そのことだったのね。お陰でこっちはいきなり暇を持て余すことになったのよ」

デートの約束をしていたのにドタキャンされちゃったの、と言って彼女は笑った。ドタキャンされて気落ちしているところ申し訳ないが、こちらとしては好都合である。

「それじゃあ、その爆発事件の解明のために、あなたやギルバートの力を貸してもらえないかしら?ちょうど今、爆発した現場の写真から、爆発に使われた物を見つけてくれって依頼されてて」
「依頼って、誰に?」
「江戸川君よ。理由は解らないけれど、爆発物を特定することが先決なんですって」
「理由も言わずに面倒くさいデータの照合を依頼するなんて、あの探偵さんは相変わらずね」

私の話を聴いたさくらさんは、小さく笑いながら頷いてくれた。

「私やギルバートでお役に立てるなら、喜んで。一緒にがんばりましょうね、哀ちゃん」

その言葉に安心して、私はさくらさんの手を引いて自分のパソコンの前に向かった。

まさか彼女が全ての事情を承知の上で、こちらが握っている情報を手に入れるためにこの家を訪れたなんて、私には知る由もなかったのである。


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