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「どう?安室さん」
「もう少しだ。……ほら、これでもう大丈夫だ」

コナン君に案内された消火栓の前で、僕は慎重にトラップを外してみせた。これで中の起爆装置に手が出せる。

「やっぱりトラップが仕掛けられていたんだね」
「ああ。安易に開けないのは正しい選択だったよ」

僕がコナン君に向かって笑いかけると、赤井秀一が上から身軽に降り立った。観覧車全体に仕掛けられた爆弾の様子を見に行ったのだ。

「やはりC-4だ。非常にうまく配置されている……。全てが同時に爆発したら車軸が荷重に耐えきれず、連鎖崩壊するだろう」

C-4プラスチック爆弾。アメリカ軍をはじめとする世界各国で使用されている軍用爆薬の一種である。TNT換算で約1.34倍の威力があり、粘土状であることから狭い隙間などに詰め込むことが可能な爆薬だ。

「なるほど、悩んでいる暇はなさそうですね」

消火栓の扉を開いてホースを脇に避けると、コナン君が言っていた通り、遠隔操作の起爆装置が置かれていた。状態はスタンバイのままである。

「解除できそう?」
「問題ない。よくあるタイプだ、解除方法は解るよ」

僕がそう答えると、コナン君は感心したように爆弾に詳しいんだね、と言った。

「警察学校時代の友人に色々教えられたんだよ。後に爆発物処理班のエースになった男にね」

松田陣平という名のその男は、3年前に観覧車に仕掛けられた爆弾の解体中に殉職した。同じく警察学校の同期だった萩原の無念を晴らすことなく散っていったあいつは、最期一体どんな顔をしていたのだろう。

「観覧車の爆弾解体で亡くなったの?」
「心配ないよ。あいつの技術は完璧だった。それを僕が証明してみせる」
「それなら、これを使え」

静かな言葉とともに赤井が投げて寄越したのは、奴のライフルが入っていたバッグだった。

「そこに工具が入っている。解体は任せたぞ」
「赤井さんはどうするの?」

コナン君の問いかけに、赤井は表情を一切変えずに答えた。爆弾が仕掛けられていたということは、奴らがここで仕掛けてくることは間違いない。爆発の被害に遭わずにキュラソーの奪還を実行できる唯一のルートは空である、と。

新しい機体を試すと言っていたジンの言葉が蘇る。認めたくはないが、恐らくその推測で合っている。

「俺は元の場所に戻り時間を稼ぐ。なんとしてでも爆弾を処理してくれ」

言い置いて赤井は上に向かった。まったく、簡単に言ってくれる。

「コイツの解体に、どれだけ時間を貰えるか……」

僕が赤井の工具を取り出しながら呟くと、コナン君は目の色を変えて走り去った。NOCリストを守らないと、と言っていたからには、彼が向かう先はキュラソーの居るゴンドラだろう。そこには部下の風見もいるはずだ。

下手に一人で行動させるよりは安全だろう、と僕は高を括って、目の前の起爆装置に集中した。

*****

揺れるゴンドラの中で、私はおよそ1年ぶりに会う男と対峙していた。

「シュウイチの後をつけていて正解だったな。さくら、これ以上は行かせないさ」

緩やかなウェーブを描く金髪、透き通るような青い瞳。訛りの無いクイーンイングリッシュ。間違いなく、この男は死んでしまったはずのギルバートだった。
記憶にある彼の面影よりもかなりやつれたように見える。夜だからはっきりとは解らないが、顔色も随分悪そうに見えた。

けれど、この男の本質は変わらない。

「ギルバート。私をここに引きずり込んで、どうするつもり?」
「おいおい、感動の再会じゃないか!俺にずっと会いたかったんだろう?」
「今はそんなことを言ってられる場合じゃないって、解ってて言ってるわよね?」

実際に目の前で、かつて恋焦がれていた男が生きているのを見て、全く心が揺らがない訳ではない。けれど今は自分の気持ちは後回しでいい。

「私をここから出して、ギルバート。事件とは無関係な子供たちが、別のゴンドラに取り残されているのよ」
「君が行っても助けになることはないだろう?」
「そんなこと、解らないじゃない!大人が一緒にいれば、子供たちだってまだ落ち着けるかも知れないでしょう」

組織の人間が何かを仕掛けてくることは確実なのだ。停電でも起きてしまえば、子供だけではパニックに陥ってしまうかも知れない。
私が焦って詰め寄ると、彼は見慣れた笑顔をこちらに向けた。私をいつも安心させてくれた、度量の大きな微笑みだ。

「まあ待て。AIに頼らず降谷零を助けられたご褒美だ、俺も協力してやるよ」

その言葉は意外だった。降谷さんと人工知能の通信を遮断し、人工知能のサーバーを乗っ取って、ギルバートは敵だと思い込まされてきた私には、彼の発言を簡単に信じることは難しかった。

「本当に……?」
「勿論さ!君がAIに頼らずに彼を助けられたら、態度を改めると言っただろう?」

外国人らしい大げさな手振りで、彼は肩を竦めてみせた。そして彼は自分の背後に抱えていた大きなバッグからノートパソコンと2つのヘッドホンを取り出し、1つを私に手渡す。
そこでふと、真面目な顔つきになって私の瞳を覗き込んだ。

「俺達の本業は後方支援だ。己の分を弁えろ」
「…………っ」
「そんな顔をするな。何、この分野じゃ俺達に叶う奴は居ない!だからお前はお前の得意分野で勝負しろ」

無理をして危険な場所に身を躍らせることなどないのだと、彼は快活に笑った。
釈然としないながらも私は彼から受け取ったヘッドホンを被り、パソコンに目を通す。やがて小さなクリック音が響き、聞き慣れた声が頭の中に直接響いた。

「ハイ、さくら。昨日は申し訳ありませんでした」
「ギルバート……。あなたも、協力してくれるのよね?」
「勿論です。たった今降谷さんとの通信も、遮断されていた状態から解除されました」

丁寧な日本語。陽気なクイーンイングリッシュ。どちらも同じ声だけれど、私の中で2人はもう、同一人物ではなくなっていた。

ギルバートは喉を鳴らして嗤った。

「健気なことだな。君はこのAIに、俺の名前を付けたのか?」
「……黙って。あなたの声をサンプリングしていたから、自然とそうなっただけよ」
「だが、今はもう色んな人間の声に変更できるだろう。それこそ、降谷零の声とかな」

その発想はなかった。確かに降谷さんの声を真似ているところを見たことはあるが、このAIに降谷零を演じてもらおうと思ったことはなかった。

「それをしないってことは、やっぱり君はまだ俺に気持ちが残っているんだよ。降谷零への気持ちは、吊り橋効果のようなものさ」
「協力してくれるんじゃなかったの?今そんな話がしたいなら、それこそご自分の声と会話してて」

私はキッ、と眦を吊り上げてギルバートを睨んだ。そんな話は今聞きたくない。
彼はおお怖い、と全くそうは思っていない口調で両手を上げた。

「それでその降谷零だが。我らのAIから聴いた話じゃ、彼は一人で爆弾の起爆装置と奮闘中だそうだ」
「起爆装置……爆弾が、この観覧車に!?」

背筋を冷たいものが伝わった。もしもそれが爆発したら、私達は勿論降谷さんも、哀ちゃんや子供たちも死んでしまうかも知れない。

「さくら、今日はあの電波妨害装置を持ってきていないのか?」
「持ってきてるわ。でもこんな小さなサイズの物、とてもじゃないけどこの観覧車全体に使うのは無理よ」

それこそ軍用の無人飛行機に大型の物を積んで、この観覧車の周りを飛行させるくらいのことをしなければ効果はない。

「いいさ。いざとなったら使えばいい。この部屋の電波だけでも、奴らに感知されなければいいんだからな」

彼が言わんとしていることがよく解らなくて、意味を問おうと口を開いた所で、突然辺りが暗闇に包まれた。ゴンドラも当然動きを止める。

「やっぱり、停電……!」

予想通りの事態に、私は歯噛みしたい思いでいっぱいだった。子供たちは不安がっていないだろうか。哀ちゃんは無事に彼らのゴンドラに辿り着けただろうか。そして、組織の連中はここから何を仕掛けてくるつもりだろうか。

ごくりと息を呑んだ私達の頭上で、不吉なローター音が聞こえ始めた。


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