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海辺の倉庫が見えてくると、赤井秀一は3ブロック離れたところで車を停めた。

「ここからは歩くぞ。荷物はそれだけか?」
「はい。行きましょう」

タブレットの中で降谷さんの動きはすでに止まっている。心拍は若干だけど速くなっていて、倉庫の中でどんな会話が行われているのかと恐ろしくなった。

倉庫の目の前に停められた白いRX-7には、真新しい傷が沢山ついている。前に会った時は夜だから気付かなかった。横には黒いポルシェ。タブレットで音も立てずに写真を撮る。

「何故撮った?」
「どこから何の情報が出るか解りませんから」
「やめておけ。奴らに関する情報には一切タッチするな」
「私が組織のことを知ることになった最大の原因は、あなたですけどね」

減らず口を叩きながらも、私は彼の言う通り写真を消した。消す前に自分の遠隔サーバーに転送したことは内緒である。

倉庫の入り口は当たり前だけど鍵が掛かっていて、私と彼は慎重に周辺を探った。そして壁面に、僅かに空いた穴を見つけた。
私は赤井秀一からFBI御用達のシール型盗聴器を受け取った。少し前に、私も貼られたことがある超薄型の物だ。それをその辺の木の棒に貼りつけ、穴に突き刺す。赤井さんからインカムを受け取ると、中の会話が鮮明に聞こえた。

「我々にNOCの疑いが掛けられているようですね」

およそ1日半ぶりに聴く声に、私は涙が滲みそうになった。けれどここでぐずぐずはしていられない。
私は肩から提げたバッグの中から眼鏡を取り出した。ドイツの企業と提携して開発した、医療用の望遠グラス。手術用に作った物なので光学10倍までズーム可能な代物だ。試作品だが性能は疑いようもなく、真っ白な光源の向こうの天井もよく見えた。出っ張ったライトがいくつもぶら下がっている。

降谷さんは柱に繋がれていながらも、劣勢を覆そうと奮闘していた。

「僕達を暗殺せず拉致したのは、そのキュラソーとやらの情報が完璧ではなかったから。違いますか?」
「フッ……。さすがだな、バーボン」
「NOCリストを盗んだまではよかったけど、警察に見つかり、逃げる途中で事故を起こした。……そして、訳の分からないメールを送ってきたの」
「そのメールとは?」

降谷さんが首を傾げると、奥から出てきた金髪の女は忌々し気に吐き捨てた。

「公安警察に偽の情報を掴まされた、ですって。キュラソーともあろうものが、そんな失敗をするなんておかしいじゃない?」
「でもあなたたちは、そのメールが本当かも知れないと半ば信じている。だから今もこうして、我々を殺せずにいるんだ」

降谷さんの訴えを聴いて、黒い帽子を被った長髪の男は、煙草の煙を燻らせながら柱に繋がれた2人に向けて脅すように銃を向けた。

「疑わしきは罰する。それが俺のやり方だ」

―――時間がない。私は赤井さんを振り返った。彼は一つ頷いて、小声で私に指示をする。

「君はあの光源を消せ。そして奴らの気を逸らしてくれ。方法は任せる」
「了解」

私の短い返事を聴き、彼は音も立てずに倉庫の入口へと向かった。
電力会社のサーバーで確認したところ、ここの供給電力は128EU/tであの光源の電球は許容量が32EU/tだから、間にLVトランスを挟んであるはずだ。ということはトランスの作動を停止させれば、導線がもたなくなって電球が爆発する。
私はインカムに向かってその作戦を伝えた。彼は解った、タイミングはこちらで指示すると言って通信を切った。

倉庫の中はいよいよ緊張感が増していく。

「最後に1分だけ猶予をやる。先に相手を売った方にだけ、拝ませてやろう。ネズミのくたばる様をな」

カウントダウンが始まり、私はタブレットを操作する手を速めた。タイミングが命だ。早すぎても遅すぎてもいけない。
あとはスペースキーを押すだけ、という段階になって、インカムから声がした。

「中のカウントダウンに合わせろ。奴らがゼロと言ったら爆発させてくれ。その隙に俺はドアを開けて、囮になって逃げることにする」
「解りました」

疑われている2人は必死に自分はNOCじゃないと言い張っていた。けれど無情にも時間は過ぎていく。長髪の男は降谷さんの額に銃の照準を定めた。

10秒前。
5秒前。

「3、2、1、……」
「まずは貴様だ―――バーボン!」

ゼロ。

その瞬間、ボフッという空気の抜けるような音がして、光源が小さく爆発した。

*****

眩い光を放っていたライトが突然爆発し、倉庫の中を暗闇が包み込んだ。続いて天井からも同じような音が響き、破片と共に大きな塊が降ってくる。

「何だ!?」

慌てふためく組織の連中の目を盗み、僕はキールが持っていたヘアピンで手錠を抜けた。そして柱から離れた直後、積み荷の背後に回り込んで息を殺す。

「キール!バーボン!」
「バ、バーボンがいない!」

ベルモットがスマホで室内を照らそうとするが、そこには力なく項垂れたキールだけが残っていた。直後、鍵が掛かっていたはずの倉庫のドアが開き、何者かが走り去っていくような足音が響く。誰が機転を利かせてくれたか知らないが、まるで僕が逃げ出したかのようなタイミングだ。奴らはまんまと引っ掛かった。

「クソッ、追え!」

ジンの命令を受けてウォッカが走り出す。ベルモットも続こうとしたが、スマホが振動して立ち止まった。
残されたキールを手に掛けようとするジンを制し、ベルモットはラムからだという伝言を明かした。

「キュラソーから、もう一度メールがあったそうよ。今度のメールはこう書いてあったわ。“2人は関係なかった”と」
「……記憶が戻ったのか?」

2人はなおも訝しんでいたが、結局僕達の処遇については保留となった。キュラソー本人を警察から奪還し、本当にそんなメールを送ったかどうか確認するつもりのようだ。
勿論そのメールはキュラソーが送ったものではない。僕らの窮地を知る誰かが、彼女の振りをして偽のメールを送信したのだ。

そんな真似が出来るのは―――考えたくはないが、さくらさんくらいのものだろう。組織のことは徹底して伏せてきたが、もう知られてしまっていると考えた方がよさそうだ。

風見が僕の出した指示通りに動いていれば、あの女の身柄は刑事部から公安部に引き渡されているはずだ。僕はこの倉庫から抜け出したあとの算段を頭の中で立てていた。

ジンは僕が聴いているとも知らずに、キャンティとコルンに向かって指示を飛ばした。

「例の機体を用意しろ。あれの性能を試すのに、いいチャンスだ」
「戦争でもおっぱじめようってんじゃないだろうね」
「ラムからの命令だ。確実に任務を遂行しねーとなぁ」
「了解!」

例の機体とは一体何のことだろう。最近組織が入手した武器を脳裏に羅列して、僕は人知れず息を呑んだ。
一刻も早く風見に連絡し、あの女の記憶を取り戻さなければ。

僕はジンとウォッカ、ベルモットの3人が完全に立ち去るのを待って、漸く潜めていた息を吐き出した。
そしてふと目をやった先で、枯れ枝のような物が壁の穴からひょいと抜かれるのに気が付いた。

……明らかに怪しい。しかもチラッと見えたその先端には白いシールが付いていた。もしかしなくても、あれは盗聴器の類だろうか。

この会話がどこかの諜報機関に傍受されていたなら、それはそれで厄介なことになる。僕は穴の向こうにいる人間を捕まえるため、身を翻して倉庫を飛び出した。


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