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その気持ちが恋だと気付いたのは、一体いつのことだっただろう。
臆面もなく私を特別扱いし、けれど肝心なところで踏み込ませてもらえないその態度に、もやもやした気持ちを抱えるようになったことがきっかけだったように思う。

思わせぶりなことを言わないで。それでなくても、男の人に慣れていない私には、あなたの存在は眩しすぎるというのに。

けれど彼の態度は変わらなかった。他人の前でもまるで恋人のように振舞うし、それで私が困った顔をするのを楽しんでいた節さえある。それさえ嬉しいと思ってしまうのだから、恋と言う物はどうしようもない。

けれどその恋は、前触れもなく終わりを告げた。
彼はある時、何も言わずに私の前から姿を消したのだ。

私の恋心を奪っていったあの男―――ギルバート。
馬鹿と紙一重の天才であると自他共に認めるプログラマーで、私にIT工学関連の全てを教えてくれた人だ。

好きだと告げることさえしなかった。彼とは歳も離れていたし、これまでの功績も財力も生まれた国も、何もかも違っていた。だからこうして、研究を通じてたまに会えたらそれでよかった。会えば揶揄われることが解っていても、お前は俺の唯一無二だと言われることが冗談だと解っていても、そんな他愛もないやり取りが何よりも嬉しかった。

彼から人工知能の開発の話を持ち掛けられたのは、私が大学1年の頃だった。阿笠博士と知り合ったのも同じころで、3人で力を合わせて誰も見たことのない世界を見に行こうと言われたのだ。
そうして私達は研究を重ね、3年以上の年月をかけて漸く人工知能のプロトタイプを作り上げた。初期設定には、発案者であるギルバート本人の声を抽出した。英語やフランス語の発音はさすがネイティブと唸らされるほどで、逆に日本語での収録は彼らしからぬ丁寧な言葉とぎこちない発音になった。

そして、博士の家で初めて人工知能と対面するというその日。
彼は列車事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった。

失意のまま、私と博士は誕生したばかりの人工知能に“ギルバート”と名付け、彼の声を模った機械を新しい相棒として慈しんだ。
もう、機械の中にしか生きたギルバートを感じられるものが無かった。
ドイツに渡ってからも一人で研究開発を進めたのは、知的好奇心や探究心からではない。もう二度と私を唯一無二とは呼んでくれないあの人の影を、少しでもこの人工知能の中に見出したかったからだ。

愚かな欲に塗れた私の研究を、褒めそやしてくれる人もいる。けれど決してそんな崇高な作品ではないことを、誰よりも私が解っていた。

だからいつか、私はこの子を、世界に公表することなく殺すだろう。
ギルバートという男への気持ちに踏ん切りをつけたその時に―――。


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