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おっちゃんの見立て通り、例の女どもは次の日もやって来た。こんなこともあろうかと、今日も様子見に来ていて正解だった。もしも奴らの行動がエスカレートしたら、おっちゃんに何を言われようと出て行って止めるつもりである。

「ええーっ、今日も安室さんいないのー?」
「昨日誰かさんが教えてくれなかったから、無駄足になっちゃったじゃーん」

無駄足だと思うなら今すぐ回れ右して帰れ。何でいつも通り定位置の席に陣取ろうとしてんだよ。

イライラを抱えながらさくらさんを見ていると、彼女はポケットに手を突っ込んで拳を握りしめていた。やっぱりさくらさんも我慢の限界なんじゃねーか。にこにこしてないで、怒鳴っちまっても許されるだろうに。

「ご注文がお決まりになりましたら、またお申し付けくださいね」
「もう決まってるんですけどー」
「こんな察しの悪い店員さんと一緒に働くなんて、安室さんかわいそー」
「―――申し訳ありません。では、お伺いいたします」
「えっとー、あたしはこのパンナコッタとー」
「ウチはこっちのふわふわパンケーキ!」
「じゃあウチはー……」

女どもは見た目に似合わない女子力高め(笑)のスイーツを頼んでいく。さくらさんが復唱する間にも、奴らの茶々入れは続いた。

ようやくさくらさんが厨房へ下がった時、俺は自分の中にも彼女を疑う気持ちがあったことなんてすっかり忘れて、完全に見守るような心境になっていた。



―――そして、ついにさくらさんの堪忍袋の緒が切れた。

それは彼女が注文通りの品物を運んできた時のことだ。予想通り奴らは、またしても注文が違うだの対応がいい加減すぎるだの、言いたい放題暴言を吐いていた。あいつら、自分たちがサービスを提供してもらっている側だという自覚がないんだろうか。

「もうさー、こうなったらこの人の実名出して口コミで言い振らすしかないよねー」
「ウチらの口コミ力すごいよ?」
「炎上しちゃえば、いくら鈍感なあんただってここでバイトは続けられないでしょー?」

げらげらと下品な笑い声を上げる馬鹿女に、彼女はお客様、と呼び掛けて店のレジに置いてある広告用のタブレットを見せつけた。遠目からでは何が行われているのか解りづらかったため、犯人追跡眼鏡で彼女の手元をズームアップする。

そこに映っていたのは―――先程、さくらさんに注文した時の奴らの映像と、つい今しがたの難癖をつける奴らの比較動画だった。動画のタイトルは“決定版!クレーマーの正しい対処の仕方”、そして右上にはLIVEの文字。ご丁寧に、動画内には馬鹿女どものSNSのアカウント名が貼られている。

「今日のお客様の一連の態度は、こちらの動画を通じて全国に放送されております。私の記憶力だけでは不安でしたので、注文をこうして動画でも確認させていただいたのですが。何か間違えておりましたでしょうか?」
「は……?」
「え?何これ?」

最初は見せられているものの意味が解っていなかった馬鹿女どものスマホが、一斉に通知音を鳴らし始める。彼女が配信している動画を見た視聴者が、馬鹿女どものSNSにリプライを飛ばしているのだ。

「こちらの数字が、今この動画をリアルタイムでご覧いただいている方の人数です。どんどん増えていきますねー。今12万人?13、14、あっという間に15万人!15万人もの人が、あなたたちの店員に対する横柄な態度をご覧になってますよ?」
「はあっ!?」
「ちょ、ふざっけんなよお前!」
「無断で人の顔をネットに公開して、いいと思ってんの!?ちょ、著作権の侵害でしょ!」
「それをおっしゃるならお客様、肖像権の侵害です。それにその言葉、お客様が先に私におっしゃった“実名出して口コミで言い振らす”ことと、どこがどう違うんですか?」

にっこりと上品に微笑むさくらさんは、未だかつて見たことがないほど生き生きしていた。

何だこれ。これがさくらさんの本気なのか。えげつないにも程がある。
おっちゃんが心配いらないと言う意味は解ったが、ここまで徹底的に追い詰めるとは。

馬鹿女どもはネット上で炎上させることが目的だったようだが、ネット上ならさくらさんに圧倒的に有利なフィールドだ。奴らは喧嘩を売る相手を盛大に見誤った。

「口コミで言いふらす。なるほど結構です。でもこの動画をご覧になった皆様が、ご自分の目とあなたたちの貧弱なSNS上の証言と、どちらを信用なさるかは、火を見るより明らかですよね」

その言葉が決定打だった。馬鹿女どもは取り乱し、目元をマスカラで汚しながら泣いてさくらさんに縋り付いた。

「お願いします、今すぐ動画をとめて!」
「ごめんなさい、もうあなたのこと悪く言ったりしないからああああ」
「私は痛くも痒くもありません。ただ、ポアロと安室さんに迷惑を掛けるようなことはしないでください」
「もうしません!こっそり写真撮るのもやめますから!」
「もう二度と絡んだりしないから許してくださいいいい」

ガチ泣きである。情けも容赦もまるでない、聖母のような顔の悪魔を前に、馬鹿女たちは髪も振り乱して泣き喚いた。
それを珍獣でも見るかのように睥睨し、彼女はタブレットを操作した。

「解りました。じゃあ、可哀想なんでネタバレしてあげましょう」
「え……?ネタバレ?」
「どういうこと?」
「はい。実は今の動画、ライブ映像を配信してるって言いましたけど、嘘です」

その言葉に、俺も含めて全員が驚いた。
嘘って何だ。あの大手動画投稿サイトのページは、どう見てもライブ配信の画面そのものだったのに。

「う、嘘……?」
「だって、じゃあなんでこんなにリプ来てんだよ!」

今もひっきりなしに通知音を鳴らすスマホを、奴らはさくらさんの鼻先に突き付けた。

「実はそれも偽装です。私の友人に依頼して、大人数の偽アカウントを作ってそこからあなたたちのSNSにクソリプを飛ばしてもらいました」

たった一人の人間が、あれだけ通知音が切れないほどのリプライを同時に飛ばせるものだろうか。それとも複数の仲間に呼びかけたのだろうか。どちらにしても、この情報社会でもっとも効果的な嫌がらせの方法である。
動画配信に見せかけたページは、彼女の自作の悪戯アプリなのだそうだ。そして今までの遣り取りは、しっかりこの端末に録画されていると彼女は宣った。

「なので、今後もしさっきの約束を破られた時には、あの動画が今度こそ世界に向けて発信されてしまうかも……」

軽い口調だったが、さっきの恐怖を思い出させるには充分だったらしい。女どもは再び縮みあがり、声をそろえて「もうしません!!」と叫んだ。

会計を済ませた女どもが逃げるように去っていった店内で、俺はさくらさんに呆れたような目を向けた。

「さくらさん、怒るとすっごく怖いんだね。あそこまでやっちゃう人、初めて見たよ」
「あら、まだ何もやってないわよ?ちょっとおいたが過ぎるから、喉元に切っ先を突き付けてやっただけで」

面倒事は嫌いでも、売られた喧嘩は買う主義だと言う彼女は、恐らく俺の周りで怒らせてはいけない女ランキング1、2位を争うだろう。……怒らせてはいけない女しかいない、と言った方が正しいが。

「ま、これであいつらがポアロに来ることもないでしょうし、あとはのんびり働かせてもらうわ。……コナン君も、心配してくれてありがとう」

くしゃ、と俺の頭を撫でるその手は、優しさしか感じさせない柔らかさだった。

「僕は何もしてないよ」
「そんなことないわ。私のために怒ってくれたでしょう?」

まだまだガキのくせに、とっても男前だったわよ。そう言ってさくらさんは綺麗なウインクを飛ばした。ガキ扱いされて悔しいような、この人にはガキ扱いされても嫌じゃないような、何とも言えない気持ちだ。

ともあれ、これでずっと尾を引いていた安室さんファンによるさくらさんへの嫌がらせは一件落着となった。これで安室さん―――バーボンが大人しく俺らの周りから引き下がってくれれば万々歳だったのだが、そこまで話はうまくない。
1週間後、園子に誘われて伊豆高原の鈴木財閥の別荘に招待された俺達は、ここで安室さんと予想外の再会を果たすことになるのである。


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