延長戦はサドンデス
バーボンは実にあっさりと、ターゲットの船を制圧してしまった。お陰で流す血は最小限に抑えられたし、使った弾薬もごく僅かだった。
返り血を流すために立ち寄ったホテルで、私はバーボンに言われた通りシャワーを浴びた。青い目のコンタクトも外し、すっかり元の見た目に戻っている。
「お先でした。バーボンもどうぞ」
「いえ、僕は血を浴びてはいないので……」
「え、泊まっていかないの?こんないい部屋取っといて」
きょとんとして尋ねれば、彼は何かを考える素振りをして口を開いた。
「まあ、本当にただシャワーを浴びるだけというのも何ですからね。今日はここで休んでから行きましょうか」
「ん、了解。途中でドライヤー借りるかも」
「ええ、それはご自由に」
彼がシャワーを浴びている間、私は部屋の中や彼の衣服に盗聴器の類がないか徹底的に調べておいた。幸いなことに一つも見つからなかったので、私は自分の端末を使って本国の組織へ報告を済ませておく。
これで漸く任務の方は一段落ついた。けれど私の本当の勝負はこれからだ。
ほどなくして、バーボンはバスローブを身に纏って浴室から出てきた。備え付けの冷蔵庫の扉を開け、中に入っている飲み物を確認する。
「何か飲みますか?一応ミネラルウォーターはありますが」
珍しいこともあるものだ。彼は確か、よそで出されたものは口にしない主義ではなかっただろうか。
そんな疑問はおくびにも出さず、私は並んで冷蔵庫の前に立った。先に作っておいた氷を取り出し、彼の目の前に掲げる。
「スコッチがいいな。あなたと、スコッチの味を分かち合いたい」
「…………」
「とっておきの年代物を持ってるんだ。せっかくだから、開けちゃおうよ」
返事も聴かずに、私は氷とグラスを手にシンクへ向かった。荷物の中からスコッチを取り出し、ロックでいいかと問い掛ける。彼は訝しげな顔のまま、頷いてソファへと腰掛けた。
2つのグラスをローテーブルに置いて、私は彼の向かい側に腰を下ろした。
「ミスティア。何が言いたいんですか?」
わざわざスコッチを持ち出したということは、私があの夜のことを話したがっているのだと、彼もとっくに気付いていた。私は笑ってグラスを持ち上げ、躊躇いも無く口に含む。ピートの強い、独特のスモーキーフレーバーが口内に広がった。
「何が、って?言いたいことがあるのはそっちじゃないの」
「あの夜のことは、申し訳なかったと思っています」
「あはは。それ、本気で言ってる訳じゃないよね?さすがに失礼すぎると思わない?」
彼は私の返事にむっとしたように眉根を寄せた。スコッチを半分ほど煽り、腹を括ったように低く告げる。
「勿論、本気じゃありませんよ。ただ、あなたに触れるなら、あんな前後不覚な状態でなければよかったと、今でも後悔しています」
そんな言い方をされると、素面の今でも私を抱けると言っているように聞こえる。いつもの嘘か本気か解らない口調ではないから、なおさらだ。
なるほど、この調子で女を勘違いさせてきたのかと、私は今更ながら舌を巻く思いだった。
けれど私が聴きたいのは、そんな仮初めの甘い言葉じゃない。
「私も後悔してるよ。あなたが兄を死に追いやった張本人だと知っていたら、大人しく抱かれてやらなかったのに」
私は穏やかに微笑んでそう言った。心の準備をさせる余裕も与えずに。
バーボンは私の言葉を数秒間頭の中で反芻して、それでも訳が解らないと言いたげに鋭い目でこちらを射抜いた。
「―――どういう意味ですか」
「言葉の通りだよ。あなたは、私の兄を殺した。ああ、私の兄が誰か解らないなんてこと、勿論言わないよね?ゼロくん」
「…………」
彼は周りを見渡した。何を気にしているのか解ったので、盗聴器は無かったよ、と先回りして答えてやる。戸惑いの視線が再び私に向けられた時、私のグラスは空っぽになっていた。
「ライに教えてもらったんだ、スコッチが死んだ日のこと。スコッチは、小兄ちゃんは、自分でリボルバーの銃口を自分に向けた」
私の目元は兄に似ている。それを自覚していたから、私は兄と同じ表情で肩を竦めた。
「ライはそれを止めようとしたんだ。シリンダーとハンマーを押さえつけてね。そして小兄ちゃんを逃がそうとした」
「やめろ……」
事ここに及んで、バーボンは私が言おうとしていることが理解できたらしい。目をくっと見開いて、信じられないと言いたげに震えた声を出した。
「だけどそこに、誰かの足音が聞こえてきた。組織の人間が迫って来てるって、小兄ちゃんは勘違いしちゃったみたいだね」
「やめろッ!!」
「その後はあなたも見た通り―――血の海に横たわる小兄ちゃんと、リボルバーを持ったライがいた。ライは“自分がスコッチの心臓を打ち抜いた”って言ったんだったっけ?」
でも残念、と私は腰を浮かせて彼の頬に手を添えた。彼の瞳に、兄によく似た吊り上った目元が映り込む。
「ライはあなたを庇うために、あの場で“自分が殺した”って言っただけ。小兄ちゃんにトリガーを引かせたのは、他の誰でもない、あなただよ」
言葉を喪うバーボンに、私はうっそりと恍惚の笑みを浮かべた。
ああ、絶望に染まるその顔が見たかった。
あなたのその、正義に満ち溢れた綺麗な瞳が虚ろに濁る瞬間が、見たくて見たくてたまらなかった。
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