5ラック先取、ゲーム終了





豪華な客船の一室で、僕は一人の男と対峙していた。

でっぷりした腹を抱えた、いかにも成金という50代の男。鉄鋼を主とした貿易商というのが表の顔で、裏では輸入の禁じられた武器を取り扱っている密売人だった。組織が一度大量の火器を仕入れるのに使ったのだが、不良品や外れを引かされたために処分することになったのだ。

男の膝の上には、背中が大きく開いたドレスを身に纏った、金髪の美しい愛人が腰を下ろしている。彼女は僕が突然乱入してきたにも関わらず、慌てる素振りも見せずに男の首に腕を絡ませていた。
男は愛人の腰をいやらしく撫でながら、落ち着いた声音で誰何した。

「何だね、君は」
「初めまして、僕はバーボン。あなたが先日、大量の火器の不法投棄先として選んだ組織の人間です」

ああ、と男は嘲笑した。思い当たることがあったのだろう。

「あんな型落ちした不良品を大量に買ってくれるなんて、本当に有り難い取引先だったよ」
「注文の内容とは、随分違ったようですが?」
「お前たちが敵対していた組織には、借りがあったもんでねぇ。そちらの方がこれも弾んでくれたしな」

これ、と言って男は親指と人差し指で丸を作った。どうせそんなことだろうと思っていた。どの道この男は切り捨てるから、その判別が早めに出来ただけでもよかったと思うことにしよう。

「では、僕が何の目的でここまで来たかはお解りですね。まさか文句を言いに来ただけだとは思っていらっしゃらないでしょう?」

僕が懐から銃を取りだし、男の額に照準を合わせると、男は馬鹿にしたように笑って愛人の項をねっとりと撫でた。

「だそうだよ、私の可愛いパピー。物騒だねえ」

女はただの愛人ではなく、用心棒も兼ねている。男は得意げにそう言って、スリットの入ったドレスの上から女の太腿を撫でた。

「さあ、あの男を排除しろ。主人の命令は絶対だ、解るな?」

女は真っ青な瞳をこちらに向けた。いかにも興味がない、と言いたげな、気怠そうな瞳だった。長い睫が3度瞬く。

「Yes, Boss…」

女はゆらりと立ち上がった。そしてそのまま、男が触れた太腿のベルトから得物を取り出し、目にも止まらない速さで安全装置を外す。

そしてその銃口を、ぴたりと標的に向けて静止した。―――僕の額にではなく、先程まで跨っていた男の額に。

「なっ……!?」

ここで初めて男の表情が乱れた。これまで自分に絶対的に忠実だった女が、突然反旗を翻したのだ、それは混乱もするだろう。

「貴様、私の命令が聴こえなかったのか!?」

醜い顔で唾を飛ばしながら叫ぶ男に、僕はこみ上げる愉悦を堪えることが出来なかった。

「くっくっ……、失礼、あまりにもあなたの顔が予想通りすぎまして」
「何がおかしい!」
「いえ……、そろそろ種明かしをしてもいいかも知れませんね」

あんまり笑い転げていると、男より先に僕の方が打ち抜かれそうだ。僕は男の愛人だった女の刺すような視線を感じ、ようやく笑いを引込めた。

「そんなに怖い顔をしないでくださいよ、ミスティア。美しい顔が台無しだ」
「こんなに長い間待たせておいてよく言うよ。バーボン、来てくれて何だけど、手出しは無用だからね」

女は―――組織の幹部である“ミスティア”というコードネームを持つ彼女は、さっきまで自由に体に触れさせていた男の両手を過たず打ち抜いた。苦悶の声を上げて男が蹲る。

「貴様……、最初からその男の……っ!?」
「その通りです、ボス。今まで仕向けられた殺し屋を全て排除してきたのは、私達の組織の手柄を取られないようにするため。でも、もう時間切れですわ」

お迎えが来てしまったの、と言って彼女は美しく笑った。

「もう少し、あなたの傍で成金ごっこを楽しんでもよかったんだけど……」
「ミスティア」
「解ってるよ、いいじゃんちょっとくらい」

感傷に浸っている振りくらいしたってさ、と彼女はころりと口調を変えた。男は自分の見てきた愛人の何もかもが、作られたものだったことを知った。風穴の開いた両手を震わせながら口を戦慄かせるターゲットに、心を折るには充分な時間はくれてやっただろうと判断する。

「ミスティア。ラムをあまり待たせるのは、得策ではありません」
「……それもそうか。では、ボス」

彼女はあっさりと納得して、再び妖艶な女性の顔を作った。

「Good night, and have a nice dream.」

ちっともそんなことを願っていない冷たい声音で囁いて、彼女は躊躇わずに引き金を引いた。彼女の愛用しているベレッタが、男を物言わぬ肉の塊に変えていく。

装弾数13発全てを使い切った彼女は、ホルスターにベレッタを直してターゲットだった男に背を向けた。
外は花火が上がっていた。彼女の発砲音が聞き咎められなかったのは、この音がアシストしてくれたおかげでもある。勿論見咎める人間もいない。船のクルーやSPは全員、僕が気絶させておいたからだ。

「さ、帰ろうか。バーボン」
「その前に、返り血をシャワーで流しましょう。そこのホテルを取ってあります。愛車をあの男の血で汚されたくはありませんからね」
「あは。バーボンも、女をホテルに連れ込む誘い文句は上手になったんだね」
「……ミスティア」

際限なく軽口を叩く彼女の肩を掴んで、誰もいない廊下に押し付けた。顔を近付け、至近距離でその青い目を覗き込む。

そして彼女の後頭部の髪を鷲掴みにし、強めに力を入れて引っ張った。

プチプチと音を立て、金髪のウィッグが剥がされる。見慣れた彼女の地毛が表れて、僕はほっと息を吐いた。

「いったた……。長丁場の任務を終えた相方に、もうちょっと優しくする気はないの?」
「やっぱりあなたは、そっちの髪の方が似合いますよ」

文句を言う口は無視して、僕は剥ぎ取ったウィッグをその辺に適当に放り投げた。彼女はまだぶーたれていたものの、大人しく僕のあとをついてくる。

僕は月を見上げて溜息を吐いた。らしくもない感傷に浸りそうになった僕を、嘲笑っているかのような三日月だった。


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