短編たち | ナノ



09


話すなって言われて、そうだね、と思った。そう言われてしまえばそうするしかないような気がしたのだ。


「…目が腫れてる」


泣きすぎた。
声もあげないで、ひたすらぼたぼたと床を濡らした涙。

擦って擦りすぎて目がヒリヒリする。

こんなの学校に行けない。
でもここにいたらもしかしたら響が来ちゃうかもなんて、そこまで思って思わず笑った。


響が来るって?

なにそれ、そんなわけないじゃん。
こないよ、あいつは。

こないよ。
来るわけない。


ーーー来年には部屋出るから


勢いだったけど、言ってしまえばそうしなきゃいけない気がしてぐるりと部屋を見回す。

一階はリビングと台所。
二階は寝室と洗面所


荷物なんてほんと服くらいだ。


実家に帰るのは面倒くさいけど行く場所なんてない。

ほんとにおれ、響ばっかりなんだな。

台所にならんだ食材は響の好物を作るためのものだし、物置に詰められた掃除用具だって響の部屋を掃除するためのもの。


携帯が何度も鳴っていた。
着信音で誰かくらい分かってる。


ああ、朝ごはん用意してないから怒ってるのかな

家政婦失格じゃん、俺。


ここにいたい。

でも脳裏をよぎるのは泣いてる那月くんと響の歪んだ笑顔、

それに女の子。


あれ、いつから俺の居場所はなくなったんだっけ。


「寝よう」


よろよろと立ち上がって玄関にチェーンをかけた。少しだけ開けたドアの外はまた土砂降りで、

こんな時ばかりざあざあとうるさい。
薄い壁の向こうは怖いくらい静かで、ざあざあざあざあという音にかぶさってなにも聞こえない。


じめじめ、もわもわ、


湿気の多さがなぜか俺を安心させてくれた。何度かなったインターホンはざあざあという音にかき消されて、いつの間にかおれは眠りの淵についていた。




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