夏油傑は呪術師にはなりたくない

 朝起きて、洗面台で鏡を見て思い出した。この顔、夏油傑ではと。確実に俺が知っているよりは幼いし、俺は今5歳。中身の年齢考えるとアラサーだが、それは置いておこう。無かったことにしよう。

 夏油傑。呪霊操術という呪霊を自在に操る術式を持つ元特級呪術師。非呪術師を猿と呼び忌み嫌う男。無関係な一般人を殺し、その最期は親友に殺される。
 呪霊は吐瀉物を処理した雑巾の味と称される程だし、俺には彼の様に立派な信念もない。それに、死にたくない。
 そもそもこの世界は原作軸とも別のパラレルワールド。俺が夏油傑の時点で世界は変わっている。この世界の親友になる筈の男よ。可愛い後輩よ。家族たちよ。別の世界線では幸せになれ。俺には君たちを救う力はない。

 俺は呪術師にはならない。

 俺はそう心に決めて、朝食を食べる為リビングに向かった。



 そう心に決めていた

 俺が思い出したあの日から10年ほど経ち、俺は2度目の高校生活。学校は普通の学校で、普通に部活して、普通に友達もいる。髪型もあのハゲそうなお団子ヘアでもなく、ショートだし、ピアスも開いていない。偶に見える呪霊さえ無視すれば俺はどこにでもいる普通学生である。
 その筈なのだが、最近、銀髪に青い瞳をした顔のいいヤンキーに絡まれている。部活終わりに捕まることが多ければ、休日に家に突撃してくることも多い。

「すーぐーる」

 部活帰りに同じ部活の三井と帰ってる時に、気配も感じさせずに突然後ろから腕に抱きついてきた。俺と同じくらいの身長の男が抱きついてきて少し歩きづらい。三井もまたかよみたいな顔をしている。

「五条、歩きにくい」
「いいじゃん、俺らの仲じゃん?…それに悟って呼んで」
「げ、またお前かよ」
「オマエもなんでいんだよ」

 俺の腕に抱きついてくる男は、三井に向いべぇっと舌を出して威嚇する。三井もそれをみて中指を立ててるのでお互い様だが、俺を挟んでやらないで欲しい。

 気がついていると思うが、この男はこの世界線で出逢う筈のない五条悟。現在高校一年生である。女の子に絡まれてるところに助け舟を出してあげただけなのに、世界の修正力によりこうなった。
 任務で忙しい筈なのに何故か俺の居場所を把握しており、よく現れる。この前は部活の試合の応援にまできていた。俺は試合があるとも一言言っていないのに何故なのだろうか。ストーカーの行動にも思えるそれに恐怖を覚えつつも、世界のせいにした。
 どうやら、この世界はどうしても俺を呪術師にして、呪詛師にして、親友に殺させたいのだろう。俺はそんなクソッタレな世界に中指立てながら生きてやると決めている。


 三井と五条は相性悪い様で、途中でそそくさと撤退していく。五条はその様に満足そうに俺の腕に絡みつき、そのまま俺の家にまで上がってきた。顔の良さでウチの両親を誑かし、最近では悟くん来ないの?の聞かれるレベルである。その様に満足そうに笑っているのが少し腹が立つ。

「ねぇ、傑。俺の学校に転校しなよ。俺が守ってやっから」

 あたり前の様に俺のベットに寝転がり、当たり前のように俺の漫画を読んでいた男は、飽きたのか宿題をしている俺に声をかけてくる。人生2周目で勉強もイージーモード。そんなことを言う奴は馬鹿だろう。大人になれば、学生時代に覚えた文法も、数式も使わないから全部忘れてるんだ。他の学生とたいして変わらない。
 それに、今の俺は夏油傑の見た目をしている。それなりの学力とスペックを保たないといけないからな。この世界で生きる筈だった本来の夏油傑にできることは、これくらいだろう。

「高専って入試も難しいんだろう?私には難しいんじゃないかな」
「そんなことないって!傑なら余裕だよ」
「そう言われても、部活で忙しいし、今度大会もあるからなぁ」
「いけず」

 唇を突き出しながら言ってきた。俺はそう言う問題じゃないと思うと言いそうになったのを呑み込む。五条はきっと俺が見えてると言うことにきっと気がついている。術式も使おうと思えば使える、と思う。だが、使うこともないし、飲み込みたくもないからである。

「傑、いつまで俺を待たせる気?」
「五条が勝手に居座ってるんだろ…」
「傑の為じゃん!傑は気にしなくていいの」

 ベットから降りて、勉強机に向かってる俺を後ろから抱きしめる。この時代の若い子もスキンシップが激しいんだな。精神年齢がアラフォーを超えたおじさんにはちょっとよくわからない。
 大型犬にするようにすりすりと頬を擦り寄せてくるので、ふわふわとした髪の毛を雑に撫でてやるとその手にすり寄ってくる。むしろ、俺ではなく五条が大型犬に見えてきた。俺が撫でるのをやめ、机に向き合うと首筋に顔を埋めてきて、ぐりぐりと頭を動かしてくる。

「ふふっ、くすぐったい」
「…撫でて」
「はいはい」

 先程の様にふわふわと頭を撫でてあげる。
 しばらくするとプルルルと携帯が音を鳴らす。どうやら五条の携帯の様でげぇっと顔を歪めた。

「出ないの?」
「どーせ、ロクなことじゃねぇもん」
「心配してるんじゃないの?」
「…別に寮だし」

 頭を撫でても電話が止まる気配はない。五条は舌打ちをし、携帯を取り出して不機嫌丸出しの声で電話に出た。電話の先から焦った様な声だけが少し漏れている。くるりと椅子を回しそちらの様子を見やる。
 流石、特級大忙しだな。俺がそっち側じゃなくてごめんね。

「…俺、帰らねぇと」

 五条は怒られた犬の様にしょんぼりと眉を下げて俺の膝に頭を乗せてくる。そのふわふわ頭を優しく撫でてやる。

「…帰りたくねぇ」
「そっか。…私、今度珍しく土曜日に部活休みなんだ」
「…うん」
「遊びに行かないか?五条が忙しいなら大丈夫だけど」

 俺がそう言うと膝に頭を乗せていた五条は顔をあげる。先ほどまでの暗い顔と違い明るく、あの青い瞳をキラキラと輝かせている。

「いく!!」
「なら、それまで楽しみにしてて」
「うん!」

 子どものようにその瞳を輝かされると思わず口元が緩んだ。俺の腹に顔を埋ずめてくる。男の対して柔らかくもなく、そこそこ鍛えてるので腹筋も割れている男の腹に埋めてなにが楽しいのか。
 満足したのか、顔をあげる。

「俺、行くけど、絶対忘れんなよ!」
「はいはい」

 玄関まで見送ると黒塗りの車が家の前に止まっている。最後まで忘れるなよと言ってくるので、ひらひらと手を振ってあしらった。満足そうな顔をして帰っていった。
 彼を見守り玄関の扉を閉めるとポケットに入れていた携帯が震える。表示を見ると非通知の表示。

『わたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの』
「あがっておいで。美味しいお菓子を用意してるよ」
『ほんと!?すぐいくわ』

 電話から聞こえた喜ぶような女の子の声を聞くと電話を切った。キッチンからこの前買ったクッキーを持ち、紅茶をいれると2階に上がった。
 俺の部屋に上がると、そこには先ほどまでいなかった金髪に緑色の瞳。フランス人形のようなドレスを身にまとい愛らしい少女。ふっくらとした頬を膨らませながらこちらをみてくる。

『スグル!遅いわ!』
「はいはい、ごめんね」

 彼女は仮装怨霊であるメリーさん。偶々、俺に電話が架かってきて出会ったのだ。普通に招き入れ、お菓子を振る舞うと懐かれたのである。調伏して取り込めるのだが、彼女がそれを望まない限りしないし、今の俺は必要がないからな。
 目の前に座る可愛い女の子にお茶を振る舞い笑った。

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