03

 あれからよく彼は俺の前に姿を見せた。俺のバイト先や行きつけの喫茶店、学校、家にまで。時間は数十分のこともあれば、数時間のこともある。忙しいならこなくていいと告げても、「俺最強だから」と訳の分からない理論で返される。(訳はわかるのだが、あえて分からないふりをしている)
 あまり過度なスキンシップもしてことないが、気がついたら隣にいるし、ひっついてくる。時たますごく甘く、恋人にでもするのかというような顔をみせてくるのがどきりとする。
 勘違いしてしまうから辞めてほしいが、向こうは勘違させて落とす気満々なのだろう。普通に断ればいいものを、なぜ俺はあんな事を言ってしまったのだろうか。心の中で過去の自分に悪態をついた。


 そして土曜日。俺はさとるくんに誘われて夢の国にやってきた。チケットもらったからという理由で誘われ、ほいほいとついてきてしまったのだ。久々の遊園地だ。しかも、他人の金となれば楽しまなければ損だろう。
 夢の国に入ってすぐに、ネズミがお迎えしてくれたり、ジェットコースターのファストパスをとったり、アトラクションに並んだり、ポップコーンとかを食べたりと大忙し。

 次のアトラクションに乗る途中で突如、彼は足を止める。どうしたのだと後ろを向くと、ぽすりと頭に何かをつけられた。

「似合ってるよ、あだ名ちゃん」

 にやけ顔でそう言われて売店に設置されていた鏡を見るとネズミの耳に真っ赤なリボンがついたカチューシャをはめられていた。せめてとんがり帽子のやつとかにしてほしかった。
 テーマパークにきた醍醐味だ、仕方がない。
 俺も何かつけてやろうと物色すると丁度いいものをみつける。俺はそれを素早く手に取ると俺がつけているものと一緒に会計を済ませてしまう。結構いい値段がして財布が少し寂しくなる。

「五条、しゃがんで」
「はいはい」

 悲しいことに身長差が20cmくらいあるので、背伸びをしても頭に届かず、しゃがんでもらわないといけない。俺は手早く、その頭にネズミの耳にとんがり帽子のカチューシャをつけ、つけてるサングラスをネズミを形をしたサングラスに入れ替えた。彼のサングラスは持っていても邪魔になるし、俺がつけた。俺はにんまりと口角をあげる。

「似合ってるぞ」
「…そーかよ」

 ふいっと彼は顔を背けて、足を進めた。慌てて、俺もその後についていく。そんなにサングラスを取られたのが嫌だったのか。いつも嫌がらせされてるし、お返しだ。
 逸れないようにと、そっと服の裾を掴み、辺りを見渡した。俺の足取りは少し軽かった.


 それにしてもやはり彼は顔がいいのだと改めて実感する。列に並んでいたら周りの女の子たちがひそひそと話してはちらちらとこちらを見やる。当の本人はそんなことなんて丸っと無視で、チュロスを食べたり、ポップコーンを食べたり忙しそうだった。
 自身の手に2本もチュロスを持っているのに、俺のホットドッグを食べてくるのはやめてほしい。
 少しもやっとした気がするも気のせいだろう。

「まだかなぁ」
「もうちょいだろ、つか人多すぎ」
「しかたないって、土曜だし。つか、五条食べすぎ」
「うるせぇ」

 なんてくだらない会話を楽しみながら、園内を回っていく。途中で黄色いクマとピンクの豚と遭遇して写真を撮ってもらったのはいい思い出。

 携帯のフォルダには俺と彼のツーショットで溢れかえった。
 完全にヤンキー丸出しなそのポーズに可笑しくなる。あわせてる俺も俺だけど。それに少し嬉しくなり、笑みが溢れた。


 それでも楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、気がついたらもう夜。夜のパレードは暗い夜を電飾がキラキラと輝き幻想的な雰囲気。楽しいリズムに美しい踊り。キャラクター達がこちらに向い手をふってくれるのをふり返したりした。
 暫くすると、パレードは終盤を迎える。園の真ん中にある。城が美しくライトアップされ、その後ろから無数の花火が打ち上がる。それを見ながら彼の肩にもたれかかった。なにか声が聞こえるが、音に紛れてよく聞こえない。諦めたように彼は軽く俺の腰に手を添えた。
 花火が上がり終わっても、パレードが終わってもそのままでライトアップされた城を眺めていた.

「…さとるくん。今日は楽しかった、誘ってくれてありがと」
「うん」
「だから、まぁ、うん」

 俺はサングラスを外し、腕を引き寄せを掴み此方に寄せた。何事かと彼はこちらを見やり目があった。少し背伸びをし、柔らかそうな唇に自身の唇を一瞬だけ押し付ける。カチリとサングラスがぶつかる音が聞こえた。
 離れると俺は掴んでいた腕を離し、サングラスをかけなおし、少し口角を眉を下げる。

「間抜け面」

 そういいそっと笑い、そそくさとお土産を見るために入り口の方へ足を進めた。暗いことに感謝しないと。夜が火照った顔を隠してくれる。暫くすると後ろから腑抜けた声が聞こえたと思うと、慌てた様子で俺の後ろをついてきた。

「ふふっ」

 珍しく慌てた様子が見えて嬉しかったのか。それとも、俺の真意を理解できたのか。どちらでもいい。
 俺は思わず笑みが溢れた。

 俺の心はあの瞬間からずっと一緒だったのだと、改めて思い知らされた。
 そのお礼だ。
 バァカ。


 追いついてきたさとるくんは、俺の隣に来ると腰に手を当て抱き寄せてくる。体と体が密着し、少し歩きづらいけど、これはこれでいい。
 ちらりと顔を見上げると耳がほんのり赤く染まっていた。



[newpage]

 あの日から俺たちの距離は縮まったのだが、さとるくんはどうやら今まで俺に時間を割いていらたツケが回ってきたらしい。最近は今までよりもずっと忙しそうで、たまにうちに来たと思ったら人のベットで我が物の顔で眠っている。
 一度「寮で寝たら?」と聞いてみたことがあるが、「ここでいい」と少しむすっとした顔で言われてしまいそれ以来そのまま受け入れることにした。忙しいのに来てくれて少し嬉しいとか言ってやらない。


 そんなある日。冬休みを利用して友だちと2人で東北地方まで足を伸ばして、温泉に入るついでにバイクの免許合宿に来ていた時だった。大体15日くらいで取れるらしいので、余裕だろうと笑っていた。
 田舎の合宿所は人も来ていて、同い年くらいの人たちも何人かいたりしたが総じてヤンキーぽい奴ばかり。身近にヤンキーがいるが、それとこれとは別。アレは慣れているから大丈夫なだけであって、それ以外は全くの別物である。

 それ以外にも問題はあった。ここの土地柄の所為なのか、それとも昔何かあったのか、悪い噂でもあるのかわからないが、蠅頭や低級の呪霊が多かった。普段はなるべくこういうのはみないようにしているから気にならないが、友だちがバイクでよく転倒したりしているところを見るとコイツらの仕業だ。教習所の先生もいつも顔色が悪いのはきっと気のせいじゃない。俺が祓っても祓ってもきりがない。気持ち悪い笑いを浮かべ消えていく。

 なんだか嫌な予感がする。
 身近な人を、兄さんを亡くした時と同じような嫌な予感。

 何も起こらずに、早く終わってくれと気持ちだけがはやる。低級であればなんとか、俺でも祓えるが、これ以上が出てきたらどうすればいいのだろうか。大人しく、殺されてしまうのか、嫌だ。
 俺は携帯の着信ボタンを押そうとしてはやめてを繰り返した。忙しいのに、わざわざ連絡するのも申し訳ない。

「名前?どうした?」
「なんでもない」
「つか、勉強のしすぎかな、最近肩重いんだよな」
「普段勉強しないツケだろ。学科落ちても待たないからな」

 俺はそう言いながら、肩のあたりをぷよぷよと飛んでいた奴を握りつぶした。
 嫌な笑い声がまた聞こえた。

 それからちょっかいをかけてくる奴らを片っぱしから祓ったのはいつぶりだろうと思い返した。
 気がつけば、残りは卒業検定だけになってきた頃だった。一緒に来た友だちは泣きながら一問一答をやっているのを眺めていた。

 そんな時、ぷるるるっと俺の携帯が震えた。着信を見ると見ると何度もかけようかと迷っていた相手。半泣きの友だちに出てくるといって外に出た。

「もしもし?どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ、今どこ?」
「どこって、温泉入りに東北のバイク合宿いくって言ったじゃん」
「今すぐ行くからそこ、動くなよ」
「どうし…」

 続きの言葉を紡ごうとした時。悲鳴がこだまする。発生したところは俺の部屋の方で声にも覚えがあった。するりと手から携帯が滑り落ちた。

「洋介!!!!」

 俺は滑り落ちた携帯を無視して走り出した。低級ばかりだったはずだったのに、なぜ。ケタケタと下品な笑い声が響いていく。
 箱を空間にイメージして術式を発動する。
ーー術式【弾弓】
 無数の箱の形を変形させ、笑い声の主を目掛けて弾丸を当てるように潰していく。

「キリがない!」

 なんとか、部屋に着くとゴツゴツとした変形した巨大な腕が友だちの頭を掴んでいた。

「がっ」

 俺は無数の箱を背後に展開する。箱の形をした弾丸を腕めがけて発射する。小気味いい音と肉を割く音がした。呪霊が友だちを離した瞬間に体を滑り込ませ、再び掴まれる前に俺の近くへと引っ張る。
 久々に呪術を使ったことにより疲労感が凄いが怠けている暇はない。

「シネシネ。オマエノセイダ。コロス。」

 呪霊はまたケタケタと笑い声と恨みたらしい声の両方が聞こえ、その形を変容させる。それと同時に一気に重圧を感じる。
 階級が上がった。精々3級程度だったのが、2級か1級くらいまで。
 
ーーーあ、無理だ。これ。

 久々に呪術を使った俺には荷が重すぎる。こういう時の最善の策は逃げないと。本当に死んでしまう。
 友だちを肩に担ぎ、走り出した。呪術で撃ち抜いていくも、足止めにもならない。

「やばい」

 息が切れる。息が出来なくなってくる。
 なんとか玄関までたどり着く。あと少し、そう思った時足がもつれ転げてしまう。友だちは放り出され、転がった。俺の歩みを止まったことをいいことに、ケタケタという笑い声がこだまする。でかい腕が俺の足を掴み持ち上げる。宙ぶらりんになると腹部が割れそこから大きなな口が現れる。それは俺に笑いかけた。
 最後の悪あがに。無数の箱を撃ち込むも効果はなさそう。

ーーー本当にここで、死ぬ。


 そう思った時、昔のことを思い出した。


 俺の家系は呪術師の家系で、父も母も歳の離れた兄も家族全員がそうだった。俺も例に漏れず、幼い頃に術式ができていたし当然俺もそうなるものだと思っていた。
 俺がかつて五条の本家に行ったのもその理由。当時、12歳も離れた兄さんが五条本家に近い血筋の娘(さとるくんの母の妹の娘だったと思う)との婚約を結ぶ為。
 兄の付き添いで俺は五条家にやってきて、父さん達は話があるからと外に放り出された。そこで、出会った。銀色の少年と。

 当時の俺は、今の俺がみてもびっくりするくらいの美少女で、丸くて大きい瞳に、ふっくらとして小ぶりな唇。柔らかい髪はツインテールにしてピンクのリボンで結いあげていた。服もフリルがたっぷりついた愛らしいワンピース。日本家屋には不釣り合いな格好で、俺だけ別の世界に迷い込んだように浮いていた。
 庭で鯉を見ていると、後ろから声をかけられたのだ。

「お前、なにしてんの」
「お魚さんをみてるの!あなたこの家の子??」
「だったら何?」
「そうなのね!わたし、あだ名。しばらくいるってパパとママが行っていたわ。よろしくね」

 小さな声でうんと言われ、握手を交わす。男の子はさとると名乗り、当時の俺は彼が次期当主なんて知らなかった。私は彼の手を引き、あれはなに?あれは?と屋敷ないを探検した。
 子どもは単純で少し遊んだらすぐに仲良くなった。俺は教えてもらったさとるくんの部屋に遊びに行き、今日は何する?と聞いては2人だけの世界を築き上げた。

 当時の大人たちのことはよくわからないが、あまりいい顔をしていなかったかもしれない。もしくは、同年代の友人ができたことを喜んだか。

 ただ、当時は本当に数日の滞在だった。あっという間に話は進み、俺は帰ることになる。

「いやよ、わたし帰りたくないっ!」
「ここは本家なんだ、俺たちの居場所じゃないんたぞ」
「でもっ、お兄ちゃんは残るじゃない!なんで、わたしはダメなの?」
「あだ名はまだ幼いから、大きくなったらきっとな」

 父のその意味が昔はよくわからなかったが、きっと、お前もこの家に嫁ぐんだぞと言われていたのかもしれない。泣きじゃくる俺を両親も兄も必死に宥めてくれた。

「あだ名」
「…さとるくん?」
「これやる」

 それは小さなおもちゃの指輪。プラスチックで出来ている指輪。それをそっと左手の薬指にはめられる。そして、さとるくんは手を取りそっと指輪に口付けた。

「おおきくなったら、おれが、嫁にしてやる。…だから、泣くな」

 俺はその言葉にきょとんとした。そして、今まで散々泣いていた涙も止まり、顔に熱がこもってくる。
 思わず、私はさとるくんに抱きつき、頬に唇を押し付けた。

「ぜったいよ!ぜったい、やくそくだからね!」

 俺の幼少期で一番幸せな出来事だったのかもしれない。
 でも、その幸せはもろく崩れる。数ヶ月後兄の訃報が入ってきたのだ。特級と遭遇し運悪く亡くなった。兄が俺と同い年くらいの子どもを庇って死んだと聞き、母も父も兄らしいと泣きながら笑った。

 それからだ、両親は俺から呪術師にならないように遠ざけ始めたのは。俺が嬉しそうに呪術を披露して見せた時はよくやったと褒めてくれたものの悲しそうに笑ったのを覚えている。
 段々と呪術を使う機会がなくなり、女の子ではなく男になっていく。

 そして、今になって、また、彼と出会った。
 
ーーー俺が死んでも、どうか幸せに。


 そう思った時、俺は思わず唇を噛む。血が唇から流れ落ちる。

「幸せにじゃねぇよ、クソが!」

 術式【弓弾】箱庭

 呪霊を閉じ込めるくらいの大きい箱を作り上げる。そして、その中に小さな無数の箱を。マトリョーシカの容量で組み上げていく。やったことはないし、ぶっつけ本番。

「発射」

 もしかしたら死ぬかもしれない。だけど生き残る確率もある。俺の声だけが、箱に吸収されきえていった。
 自身が生み出した数発頬を掠め、貫いていく。血がしとしとと垂れる感覚を覚え、意識だけが遠のき、力が緩まっていく。今度こそ食べられると目を瞑った時、何かによりそれは弾け飛び、誰のぬくもりを感じる。

「あだ名!」

 眼前には見知った青。急いできたのか、少し汗ばんでいる。らしくないと笑うも声も出なかった。
 遠退く意識の中、焦る声だけが聞こえた。




 気がつくと、白い世界。正確には白い天井と白い壁紙。腕には点滴が刺さっていた。
 腹部に重みを感じると見やると、布団の白に紛れそうなほど白銀の頭があった。その柔らかな髪に触れるとさらさらとして心地が良かった。
 暫くその感触を堪能していると、頭が急に動き、急に目が合う。

「起きたなら言え」
「ごめん」
「痛いとこは?」
「平気」

 彼は触診をするように俺の身体を触りたい問題がないか確かめていく。問題ないことを確認したのか、少し安心した表情を見せるもすぐにむすっとした顔に変わる。

「…なんで、言わなかった」
「なんでって、あれならまだ俺だけでどうにか出来たから。さとるくん忙しそうだったし。でも、流石に久しぶりじゃあ全然だね」
「そんなこと言ってんじゃねぇよ!つらいなら辛いって言えよ!なんで、たよんねぇんだよ、お前は、なんで…」

 彼は段々と力がなくなり、また俺のお腹あたりに頭を落とした。ゆっくりとその頭に触れる。

「…ごめんね、今度は連絡するから許して?」
「やだ」
「どうしたら、許してくれんの」

 俺がそう聞いても何も言わずに、顔を背けた。俺はさらさらとした頭を撫でた。
 2人とも言葉を介さず、風が葉を揺らす音だけが聞こえる。

「…助けに来てくれて、ありがとね。嬉しかった」

 彼は何も返事を返さず、俺は体制を変え身体を持ち上げた。彼は少し居心地が悪そうに頭を動かす。俺はその頭を上から包むように抱き抱える。

「さとるくん、愛してるよ」

 普段見る機会なんてないツムジにそっと唇を落とした。
 俺の言葉に驚いたのかその頭を勢いよくあがり、その勢いのまま俺の顔面に直撃した。痛くて鼻が潰れるかとおもった。低い鼻がさらに低くなったらどうするだと思いながら顔を抑え、目線を移すと顔を真っ赤に染めている。全体的な色が白い彼だからなのか、余計に赤が映えた。
 そのまま、俺の方に倒れるように手を伸ばし、背中に腕を回す。俺を抱きしめるとそのままベットの方に体重をかけてきて、シーツに逆戻り。

「…俺も」
「うん、知ってる」

 蚊の鳴くような小さな声で俺の肩で囁いた。背中に腕を回し身体を密着させる。

「…俺が目離した時に、死んだり、怪我すんなよ」
「うん、気をつける」
「俺は最強だけど、今のお前の立場じゃ隣に置けないわけ」
「うん」
「だから、お前も高専来い」
「うん。…って、はぁ?!」

 勢いに任せて頷いてしまう。俺の視界にはしたり顔の彼がニヤニヤと笑っている。

「言質はとったからな。あだ名ちゃん」
「…仕方がないなぁ」

 俺は彼に回していた腕をだらんとベットに広げた。適当に返事をした自分のせいでもあるし、遅かれ早かれこうなっていたような気がする。
 俺の上でさとるくんは嬉しそうに笑っていた。


 その後、俺は途中入学という形で高専に転校した。ほぼ素人の俺に俺を含め4人しかいない1年生も快く受け入れてくれた。
 きっと、まだ問題は山積み。
 だけど、きっとなんとかなるだろう。
 俺はそう思いながら、彼の肩に頭を預けた。

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