俺を嫁にしたいらしい

 カフェの一角。2人用のテーブル席。期間限定の新作フラッペを飲んでいた筈なのに、ヤバそうなヤンキーに絡まれてしまった。
 銀髪に青い瞳。その美しい瞳を隠す丸くて小さめのサングラス。モデルのような綺麗な顔をしているが、彼の醸し出す雰囲気やその服装が全て俺を威圧する。
 流石に、短ランのヤンキーに絡まれるのは嫌だし、そもそも絡まれる理由がない。
 俺はただ、カフェで、勉強していただけで、なにも気に触るようなことはしていないのだが…。
 なぜかこのヤンキーは俺の前に座ってガン見してくる。思わず目線を逸らすも、その視線は痛すぎる。様子を伺おうとチラリとみるとその目とあった。

「おい」
「な、なんですか…?お金は、ないです」
「ハァ?金なんていらねぇ、余るほどある」
「じゃあ、なんなんですか…?」
「…俺のこと覚えてないの?」

 肩を狭めているとじっと俺のことをみてくる。この瞳に見覚えがある気もする。

「マジで忘れてんの?俺のコト」

 少しサングラスを下におろしその瞳をよくこちらに見せ、笑った。

「よく一緒に遊んだじゃん。あだ名ちゃん?」

 俺のことをあだ名ちゃんと呼ぶこの顔に見覚えがあった。
 俺の黒歴史の中の黒歴史。思い出したくもない。4歳とか5歳くらいのまだ幼い頃の記憶。
 あの頃の俺は、本機で自分のことを女の子だと思っていた。事実母親の趣味で女の子の服で過ごしていたし、幼稚園では可愛いと評判のマドンナ的存在。男の子も女の子も皆俺のことを女の子だと思っていた。
 父も母に連れられていった大きな屋敷でこの瞳と同じものを持った男の子に出会った。23週間くらいの短い時間だけれど、同じ屋敷で過ごし、同じ時間を生きた。唯一の歳の近い子供同士ということもあり、2人で遊ぶことが殆ど。
 名前は確か…。

「さとるくん…??」
「そう!さとるくん」

 さとるくんはにんまりとチシャ猫のように笑う。

「あの時の約束果たしにきたぜ。あだ名ちゃん」
「は?約束??」
「はぁ?忘れてんの?思い出せよ、大切な約束しただろ?」

 俺が頭を捻らせていると、するりと指をからめてきた。まるで恋人にでもするように優しく、手遊びを始める。思わず、どきりと心臓が高鳴るも俺は彼と何かを約束した覚えは全くなかった。

「忘れてるとかありえねぇ…、あだ名ちゃんが言い出したことじゃん」
「俺が?」
「そう」

 そう言われても全く覚えがなかった。確かに彼と遊んでいた覚えはある。それだけで、子どもの頃の記憶なんて本当に曖昧。
 俺が覚えてないと知るとふいっと逸らし少しむすっと表情をかえる。

 さとるくんはごそこぞポケットから何かを取り出すと俺の手を取った。そして、ゆっくりとシルバーで真ん中に小さな宝石がついた指輪を俺の左手にはめる。その指は左手の薬指。
 俺の手を取ったまま無駄に綺麗な顔をほんのりと赤くしながら指輪に口付けた。

「俺と結婚してくれるんでしょ?」
「はぁ?!」
「約束したじゃん、俺ちゃんと待っててやったの偉くね?」
「いつ!?」
「ガキんとき」
「覚えてるわけないだろ…!!」

 俺は思わず机に突っ伏した。そんな記憶は全くないし、なんなら子どもの戯言だろう。おままごとの延長戦で、実際にそれを信じる人間は少ない。それなのに、この男はそんな戯言を信じていたのか。

「いやいや、例えしたとしても、それは子どもの戯言で本気にするようなことじゃ…」
「は??」
「いや、だから…」

 俺が言葉を紡ごうとしたら物凄い顔で睨まれた。美人に睨まれたら怖いというのは本当だったことをここに記そう。
 どうやらこの男は本気にしていたようだ。しかし、大きな問題があるのを忘れている。
 俺は指に嵌められた細身のリングをそっと机に置き告げた。

「いいか、五条。俺とお前は男同士なの、わかるよな?それに、お前は五条家の当主で子孫を跡継ぎを残さないといけないわけ。お前はお前の将来的にも俺と結婚なんてできないの。あと、俺の名前はあだ名ではなくて名前だ」

 俺がそう告げると先程よりも顔をさらに歪め、無駄に長い足を俺の方に放り投げ、べっと舌を出した。

「俺、正論嫌いなんだよね」
「我儘か!……そもそも、俺は呪術師じゃないんだよ。高専行ってない時点で察しろ」

 俺はそういうと手早く荷物をまとめ、その場を立った。半分以上残った限定のフラペチーノは時間が経ち甘くて重たいどろどろとした液状になり美味しくなかった。

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