とある僵尸の独白
彼は名前が中国に戻ってきたと同時に僵尸となった。僵尸には通常意思はない。だが、彼の肉体は少し特殊な環境に置かれてあった。彼の死後、その肉体は棺桶の中に納まることはなく、他のモノが彼の中に納まり、そして、自由が利かない肉体が自分の意志と反して行動をしていく様をその二つの眼球を通してずっと見ていたのである。一年間ずっと。その間に、彼の肉体に残っていた魂の残穢はゆっくりとその自我を、記録を思い出した。彼が人間であった頃の記録を。
そんな彼であったが、僵尸と化すのは特段嫌なことでもなかった。彼を使役した主人は彼の昔からの知り合いで、主人とともにあることを、彼のものになることを、約束した仲だったからだ。
「でも、お留守番だからね」
「……」
「ついてきちゃだめだよ、フリじゃないからね?本当、またとられちゃ嫌だし」
「……」
無言を貫いても駄目そうだった。だが、それで引き下がる彼ではないのは確か。
飛行機の手配ができたというので、彼が日本に向かう準備をするのを遠くから眺める。その白く怪我一つない肉体に黒い衣を身に纏うその様を二人並んで見つめる。
「オマエ喋れんだろ」
「なんのことだか」
隣に立つ顔なじみにそう答えた。
黒い男は嫌そうな顔をし歪めている。それに気が付かないふりをし、にっこりと微笑むだけである。彼の本来の予定はこれで成されたのである。
さてと、後はこの姿で親友に会いに行くだけ。
ーーだが、君を彼の所有物にはしてあげない。
そんなことを想い笑ったのだ。彼の中には薄黒い闇がドロドロと流れていく。血液の様に幼い主人を縛り付ける。
彼が主人のものであると同時に、主人も僵尸のものになってしまうのだ。名目上は主人が上であったとしても。
黒い男は厄介なモノに好かれるものだと、少し呆れた様だった。だが、それと同時に自身も同じ穴の貉であると認識している。自分の世界を彩るこの小さな人間を。自分の愛した女と似た雰囲気を持つこの哀れで、脆い人間を絹に包む様に大切に大切にしまい込んでしまいたいと思っているのだ。
彼らの主人はもう逃げることもできないだろう。一度死んだ、少年は生まれ変わったことによりあその小さな命の重さを、儚さを、周りに思い知らされたのだから。
きっと、彼は死んでも逃げられないだろう。
だが、そんなことは知らない。気が付いていないのである。彼の目に映るのは明るい未来だけなのだから。
ーー死んだらみんな、俺のモノにしてあげる。
なんてね。
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