- ナノ -



家まで帰る道すがら、道端で倒れている男性が視界に入った。関わり合いになりたくないので避けるように歩いたら、その人に足首を掴まれて上目遣いで睨まれた。

「姐さん、困っている人間を助けるのが人情ってもんじゃねェのかい」

顔色の悪い男性が喋り終えた途端、私の肩に鷹が止まって頬に頭突きをかましてくる。このまま頬肉を抉られかねない位の勢いだ。
鷹にも人間にも脅迫された小市民の私は、やむなく彼らを連れて帰ることにした。


一人暮らし歴の浅い私は病人と鳥類に何をもてなすのが正解かわからなかったので、お茶とお菓子とカップ麺を提供した(鷹にはミネラルウォーターをあげた)。真っ白だった顔色は少し赤みが差していて、先程より体調は回復したみたいだ。そして幾分か饒舌になった男性―ユガミさんと言うらしい―は検事さんで、逆転無罪で釈放されたばかりなのだと言う。

「身元引受で当てにしてたヤツが入れ替わりで収監されちまったのよ。当てもなく彷徨っていたところをお前さんに助けられたって訳でさァ」
「半ば脅迫でしたけどね」

私の苦言もどこ吹く風、美味しそうに緑茶を飲むユガミさんを呆れた目で見た。
不審者という色眼鏡は幾分か取り外せたものの、鷹を肩に留めて毛繕いをしている人は今日日どこを探しても見つからないと思った。

「まァ、何かしら礼はしねェとな。……ちょっくらギンを預かっててくれ」

鷹を私の肩に置いたあと、ユガミさんは靴を履いて玄関のドアを閉めた。すかさず玄関まで走ってチェーンを掛けようとすると、鷹に頭をつつかれてやむなく断念した。台所やトイレに行ってもなんともないのに、玄関に向かおうとするが否や怒濤のつつき攻撃が始まる。くそう、まさかこの子が見張りだったとは。窓を開けても全然出ていかないし、相当躾が行き届いているみたいだ。
諦めて自室に戻り、ヘッドホンで音楽を聴きながら時間を潰した。鷹が耳を甘噛みしてくるようになったので、その対策だ。

◇◇◇

「うーん……」

変な男性と鷹に追いかけ回されて、断崖絶壁に追いやられたところで目が覚めた。なんだか今まで変な夢を見ていたみたいだ。

水分不足でぐらつく頭を抑えて台所に行くと、綺麗にラップのかかった筑前煮が鎮座していた。私の寝てる間にお母さんが遊びに来たのかなあ、なんて思っていると、お腹の虫がぐうぐう鳴りだした。
お行儀が悪いのを承知で、まだ温かいレンコンを指でつまんで口に放り込む。うん、出汁が効いていて美味しい。
ぱくぱくとつまみ食いしつつヘッドホンを外すと、浴室からシャワーの音が聞こえてきて首を傾げた。お母さん、お風呂入ってたのか。なんで実家じゃなくわざわざ娘の家で入ってるんだろう。別に良いんだけど。

「お母さん、タオル置いとくねー」

急にシャワーの音が止み、しばらく沈黙が続いた。やがて、浴室の扉がカタンと開いて、訝しげな顔をしているユガミさんと目が合った。

「おい、なに寝ぼけてンだ」
「ぎゃああ……んぶっ!!」

叫んだのと同時に、何かが顔面に当たった。さっきの鷹だった。そして思い出したのだ、先程の出来事が夢ではなかったことを。

「おうなまえ、ついでに風呂掃除しといたぜ」
「ありがとうございます……じゃなくて、何でお風呂にいたいいたい痛い」

ばさばさと私の目の前で水を振り払う鷹に、持っていたタオルで防御する。すぐ行くから待ってろと追い立てられて、また台所に戻ってきてしまった。
ここ私の家だよなと思いながら筑前煮をつまんでいると、首にタオルを巻いた寝間着姿のユガミさんが姿を現した。なぜこんなにも私の家に馴染んでいるんだ。

「一宿一飯の恩は忘れねェ。忠義は尽くす」
「泊まる気なんですか!?」

何を今更、みたいな顔をしたユガミさんが勢いよく冷蔵庫を開けると、彼のお手製らしい筑前煮が入ったお鍋と買った覚えのない食材がぎっしりと詰まっていた。インスタント食品ばっかり作ってねェで栄養あるモノを食えとお母さんのような小言をいただいた上で、どうやらユガミさんがしばらく食事を作ってくれるということだけは理解した。

「筑前煮、美味かっただろ?」
「あ、はい、それはごちそうさまでした」
「ったく仕様がねェ奴だなァ。これから毎日食わせてやるよ」

なんで私が怒られてるんだろう。
満更でもなさそうなユガミさんの表情に、今更だけれどこの人全然話通じないなと肩を落とした。

back | next