- ナノ -

※君と私のメヌエット 設定(troisの少し前)

買い物帰りにひょうたん湖公園の近くを通りがかったところで、バイクに跨った男性に声を掛けられた。
すらりとした長身だからか、派手なライダージャケットもサマになっている。……でも、私の知り合いにそんな人はいないはずなんだけど。

「やあ、やあ。キミがなまえくんかな? ウチのバカが世話になっているようだね」

外見に似合わないフランクな口調に拍子抜けしながらも、ようやく誰だか思い当たった私は、一か八か答えを返すことにした。

「……もしかして、ゆみひこくんのお父さんですか?」

その問いを肯定するかのように、男性はゴーグルを額に上げて、バイクから降りてきた。道路で虫をつついていたスズメ達が、慌てて公園のブロック塀へ逃げていく。

「ご名答。ホントはもっと早く挨拶に来たかったんだけど、なかなか忙しくてさー。弓彦が迷惑掛けてない?」
「い、いえ! 素直で可愛いし、聞き分けも良い子なので大歓迎ですよ。そうだ、お菓子もありがとうございま、す……」

鋭い視線に圧倒され、言葉が尻すぼみになってしまった。上から下までしげしげと眺められ、居心地が少しずつ悪くなる。
検事の中でもとっっっても偉くて凄い人なんだと、鼻息荒くしたゆみひこくんから聞いてはいたけれど、確かにこの人から怒られたら、2秒で泣いてしまう自信がある。
こんなに厳格そうな人がひよひよしたゆみひこくんの父親だなんて、DNAはわからないものだ。

「あ、あの、何か……?」
「いやいや。僕、人を見る目はあるからさ。こう見えて。……キミになら安心して弓彦を任せられそうだって、思っただけ」

ゆみひこくんのお父さんの言葉に、どう答えるのが正解なのか分からない私は、「ありがとうございます」と曖昧に言葉を濁した。

「これからも弓彦をよろしく頼むよ。父親の僕もフォローできないくらいバカだけど、悪い子じゃないからさ。今度ウチにも遊びに来なさいね」

言いたいことは言い終えたとばかりに、ゆみひこくんのお父さんは再びバイクに跨って、そのまま走り去っていった。
遠のくエンジン音が聞こえなくなったことを確認してから、私は深い息を吐いた。

「……もしかして、褒められた……?」

弓彦をよろしく頼むよ。
それを伝えるためだけに、ここで私を待っていたのだろうか。なんだかんだでゆみひこくんを気にかけているんだって思ったら、身体の内側がぽかぽかと温かくなっていくのがわかった。
ゆみひこくんはほぼ毎日家に来るし(ちなみに今日は留守番してもらっている)、家族関係を心配に思っていたところだったから。でも、どうやら杞憂だったみたいだ。

ゆみひこくんに今日のことを話したら、目を丸くするだろうなあ。
ビニール袋をしっかりと持ち直してから、さっきよりも軽い足取りで帰路についた。

◇◇◇

「えっ? なまえ、オヤジに会ったのか?」

家に帰るとゆみひこくんがどたどたと駆け寄ってきたので、さっきの出来事を話すとやっぱり目を丸くしていた。

「オヤジ、オレのこと何か言ってた?」
「うん。ゆみひこくんをよろしくってさ」
「そ、それはどういう……もしかして結こ」
「おい、飛躍しすぎ」

べち、と頭を軽くはたいてから、アイスの入ったビニール袋を冷凍庫に投げ込む。ゆみひこくんは拗ねたように口を尖らせながら、リビングのソファーを陣取っていた。私もコップにジュースを注いでから、彼の隣に座る。

「ゆみひこくんのお父さん、初めて会ったけどさ。凄腕の検事って感じがしたよ」
「……本当にオヤジはすごいんだ。負けたことなんか一度もないし、法廷の空気を、なんていうかこう、ずっと支配したまま相手をツイキュウしててさ。その姿がすごくカッコよくってさ……だからオレも、オヤジみたいなイチリュウの検事になりたいんだ!」
「ゆみひこくん……」

確かな決意を秘めた彼の表情に、どきりとした。あれ、私、どうしたんだろう。
自然と頬が熱くなる。

「……なまえ? ふふん、もしかしてオレに惚れ直したか?」

得意げな表情で笑う彼に、反応が遅れてしまう。こんなこと今までなかったのに。ゆみひこくんのお父さんと会ったから、ちょっと疲れてるんだな。
無理やり自分を納得させて、私はソファーから勢いをつけて立ち上がった。

「何言ってんの。そうだ、アイス食べようよ」
「やったあ!」

きらきらと目を輝かせたゆみひこくんに、ほっと胸を撫で下ろした。でも、もう守られるばかりの子どもじゃないんだなあと、寂しくなったのは私だけの秘密だ。