02


「おれ、強くなりたくてずっとあなたを探してたんです。お願いです、おれを弟子にしてください」

親父とハートを守ると言い出して半年ほど。小学校に上がった頃だ。送り迎えこそしてもらったが、俺は一人でその人に会いに行った。
その人、俺の師匠は、かつて関東一と言われた空手家。その道では有名な人らしい。しかし昔から放浪癖があった師匠は、親父の力でも捜し出すのに時間がかかった。それでも強い人に教わりたくて探し続けた。やがてようやく居場所を見つければ、そこは薄暗い洞窟。
やっとの思いで会えた師匠にかけられた一言目は、拳と共に飛んできた。

「馬鹿者!」
「いったぁ!!」

半年間ずっと考えていた台詞だった。俺は殴られた理由もわからず、涙目で恐る恐る見上げる。

「ガキが敬語なんか使う必要ねぇ!自分の言葉で話しやがれ!!」
「…はい、おじさん」

涙をこらえながら言うと、今度は脇腹に蹴りが入った。

「いたっ!」
「だから敬語を使うな!それに俺のことは師匠と呼べ!!」
「わかった、師匠。…これでいいのかよ?」

半ばやけくそになって言えば、再び拳骨が落ちた。こらえきれず、涙がついに零れる。

「たぁっ……!」
「俺に教わりたいのならな…答えを聞くな。自分で考えろ」
「うん、わかったよ。おれ師匠の教えちゃんと守るから……だから空手教えてよ、お願い」

――強くなりたいんだ

涙ながら必死に頼んだ。そんな俺を師匠は慰めこそしなかったが、髪を梳くように撫でてくれた。

「……なら、お前はどうして強くなりたい?」
「え?」
「何で強くなりたいのか、と聞いてるんだ」

俺には思ってもみなかった質問で、少し考えてから口を開いた。

「…父さんとハートのため」
「なに?」
「父さんは大きい会社の社長で、ハートはおれの弟。ハートは身体が弱いけど、頭はおれよりいい。きっとハートが次の社長になるんだ」
「……」

師匠は何も言わずに俺を見ていた。俺は続けろという意味だと思って、話し続けた。

「でも、父さんは忙しくて“しょうばいがたき”に狙われてる。シルバー兄さんは会社に興味ないみたいなんだ。
だから強くなる。おれがハートと父さんと、父さんの会社を守る!特にハートはおれの弟だから。守らなきゃ…おれが守らないと」

ゴツン。
鈍い音を立てて、三度目の拳が落ちた。

「いっ…!!」
「……わかった、教えてやろう」

殴られた理由はさっぱりわからなかったが、今度は嬉し涙が零れた。
今思えば、あれはかなり弱く手加減されていた。おまけにあの日の出来事なんてまだ序の口だったのだが、当時の俺は何か大きな試練を乗り越えた気分で帰ったのを覚えている。


それからというもの、俺は毎週毎週その洞窟に通い続けた。

そこが気に入っていたのか何なのか、修行場所はだいたいそこだったのだ。たまにハイキングだ、と言い出しては近くの山に数日こもったりもしたが。
六年間をかけて、師匠は俺にメインの空手から、剣道を少し、ポケモンバトルに…雑多な木の実や山菜の見分け方まで教わった。
正直言って空手と剣道以外、必要ないだろうと思うようなものも多かった。だが知っていると役に立つぞ、と自分の決めた休憩時間まで使って様々なことを教えてくれた。

しかし時には、本当にわけのわからないものもあった。例えば、霧の出ている崖でのターザン。霊に取り憑かれ、御祓いまで受ける羽目になった。きっと師匠は冗談のつもりだったのだろうが……今でも俺の軽いトラウマになっている。



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