01


今日、俺の師匠が家に来るらしい。

小学校の頃に空手を教わっていた人だ。しかし俺の小学校卒業後から全国各地を旅し始め、ポケギアを持たない人だから連絡もつかなかった。それが突然「近くに行く用があるから邪魔する」という内容の電話が家にあった。今日がその日で、俺は師匠を迎えるためリビングで待機しているというわけだ。

夕方頃に着くと言っていた。しかし現在の時刻は昼過ぎ。
さすがにまだ早いだろう。玄関のチャイムが鳴っても俺は構わず読書を続けた。たまたま近くの廊下にいたハートが、玄関に駆けて行く。

「はい、どちらさまですか?」
「あ?なんだお前、敬語なんか使いやがって」
「え?」
「え、じゃねぇ!!」

まさかもう来たのか。嫌というほど聞き覚えのある怒声が耳に響いて、本を投げ出す。俺は走って玄関に向かったが、一歩遅かった。

「どうしたソウル、忘れたなら思い出させてやるぞ!!」
「うわああああっ!?」
「ハート!」

投げられてしまったハートをかばう形で、俺は玄関の床に転がった。少し鈍い音がしたが、とりあえず怪我は無さそうだ。

「あ?……ソウルが二人?」

しかし投げた張本人は、戸惑いながら俺達二人の顔を見比べていた。

「…こいつは俺と双子のハートだ!確かめもせずに投げんなよ、師匠!!」




「――悪いな、ソウル。元気だったか?例の用事というのが急に予定より早くなってな。残念だがあまり長居はできねぇ」
「そんなのはどうでもいい。とにかくハートに謝れよ」
「ああ…そうだな」

他人の家だというのに、リビングに通された師匠はすっかりくつろいでいる。そしていつの間にか俺はハートと、ヒビキに挟まれていた。シルバーは今日は仕事で出かけている。衣装を渡しに行くとか何とか言ってたか、残念そうに出て行った。
向かいの椅子にそっくり返って座る師匠が、ハートの入れたお茶を一口飲む。

「てっきりソウルかと思ってな。お前には悪いことをした」
「別にいいよ、怪我なかったしな」

ハートが俺の注意通りにタメ口で言うと、師匠は上機嫌に笑う。

「そうか、なら良かった」
「…良くねぇ!師匠はそのすぐ手が出るクセをどうにかしろよ!」

しかし師匠は肩をすくめ、「旨いな」とお茶をすする。師匠のそれで、俺がどれだけ被害に遭ったかわかってんのか。
一言言ってやろうと口を開いた時、ヒビキが俺の肩に腕を乗せてきた。

「まぁ落ち着きなよ。せっかく久しぶりに会った師匠なんだろ」
「……腕をどけろ、ヒビキ」

横目で睨むと、意外にあっさり下ろされる。それを見た師匠が、なぜか安心したように息を吐いた。

「ヒビキとか言ったか。お前の友達か?良かったな…少し心配してたんだが」
「違ぇよ!うるせぇ師匠!!」
「ひどいな…」

事実だ。こんな奴を友達と思ったことは一度もない。だが、ヒビキは傷付いたように目を伏せた。

「そうだ、ソウルの修行ってどんなだったの?ずっと知りたかったんだよね」

かと思えばすぐ復活して、しれっと師匠にそんな質問しやがった。つくづく演技の得意な奴だ。

「俺も知りたい!師匠とのことはあまり話さないんだよな、ソウルって…」
「そうなのか?」

同調するハートに、師匠は不思議そうな可笑しそうな顔をする。なんだか楽しそうに見えなくもない。

「なら俺が教えてやろうか」
「本当!?」
「ああ、いいだろう。ソウルにも久しぶりに会ったしな、昔話に花を咲かせるとするか」
「やったな、ヒビキ!」

「……ちょっと待て師匠!こいつらには言うな!」

盛り上がる三人に抗議した俺に返されたのは、師匠のあの眼差しだった。

「教えられない理由でもあるのか?
いいじゃねぇか…久しぶりに会ったんだ」

返す言葉も理由もいくらでも浮かぶ。しかし口に出させることを許さない師匠の目に、俺の体は未だ逆らえないようだ。

「…まだこいつが小学校に上がる頃、俺のところに来たのは知ってるか?」
「ああ」
「僕は知らないな…」
「よし、わかった。なら初めから話すぞ……」

楽しそうに一から語り始めた師匠に、諦めた俺は時々相づちを打つ。こうなってしまった師匠を止める術はない。…俺の経験上。


やがて師匠が話を進めるうち、俺も過去の記憶に呑まれていった。



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