38. たった一つ残された



――あんた達なんか悪魔獣にでも食われておしまい!


 真っ白な光景から一転。光子郎たちの体は冷たい石造りの床に投げ出された。
「あいたた……」
「今日こんなのばっかりぃ」
 京の声を聞きつつ、光子郎は辺りを見回す。どうやら武器庫のようだ。この場に投げ出されたのはあの場にいた光子郎たち5人とそのパートナーのみ。光子郎たちを助けてくれたあのデジモンたちはいない。
「ここ、どこなんだ……うわぁ!?」
 丈の呟きの直後、部屋が大きく揺れた。周りの荷物が降ってきては敵わないと、慌ててこの狭い部屋から出た。扉を開けると回廊のようなものに出た。ただ扉の反対側に壁はなく、外の光景が視界に飛び込んでくる。その外を見て、光子郎たちは体を震わせる。
「な、なんなのですか!?」
「こりゃあえげつないですなぁ……」
「まるで地獄絵図のようだ……」
 耳に響くのは沢山のデジモンたちの断末魔の叫び。空に浮かぶ、2本の尾をもつ巨大ワニは空を縦横無尽に動き回り、その長い尾で地面ごとデジモンたちを薙ぎ払う。飛ばされたデジモンたちはデジタマのようなものとなり、ひとつ残らず巨大なワニの口の中へと吸い込まれていく。
「リヴァイヤモン……魔王型、究極体。必殺技は巨大な顎で全てを破壊する『ロストルム』、長大な尾で全てを薙ぎ払う『カウダ』……」
「あんなでかいの相手にしたら命がいくつあっても足りないわよ」
 京は震えながらホークモンを抱きしめる。「京さん、苦しい」というホークモンの訴えはスルーだ。
 幸いあのリヴァイアモンはこっちに向かってくる様子はない。厄介なことになる前にここを離れた方がいいだろう。しかし、ここがどこかはまるで分らない。デジヴァイスが機能しているところを見ると、さっきの森からは相当離れてしまっているだろう。

「……上。呼んでる」

「ヒカリ?」
 どうしようかと悩んでいると、ふとヒカリが何かを感じ取ったようだ。何もないところで、何かに話しかけている。
「友樹? 助けて? 貴方はだぁれ?」
 ヒカリにしか見えない何かがそこにいるのだろうか? いつもながらヒカリの不思議な力は理解の範疇を超えている。
 ヒカリは光子郎たちを振り返った。今度は操られているでもなく、しっかりと自分の意志を持っているようだ。
「……行ってみましょう」
 ヒカリの言いたいことがわかった光子郎は少しだけ考えてからそう言った。早くこの建物から離れた方がいいのはわかっていたが、誰が助けを求めているのにそれを放って置くことなんてできない。それはみんな同じだ。
 そんな中、テイルモンだけは一人嫌な胸騒ぎを感じていた。
 
「……この気配、もしかして」

 テイルモンの頭に浮かんできたその考えは、見事に的中することとなる。









38.たった一つ残された









 そのデジコードは彼らの武器に絡みついただけで、あっという間にデジタマへと退化させてしまった。
 アグニモンたちは拓也たちを庇ってこうなった。その事実が子供たちの胸に重くのしかかる。

「……順番が狂ったようだ」
「そんくらいの誤算どうとでもなる。ただ完璧主義者の傲慢≠ヘ今頃怒り狂ってるだろうなぁ……めんどくさ」

 そんな彼らの会話を尻目に、コロンと目の前に落ちてきたそれを、拓也は抱きかかえる。それは確かに暖かい温度を持って存在していた。まだ、死んだわけじゃない。それが拓也たちの唯一の希望だった。
「デジタマとスピリットを守った所で意味なんてない」
 その言葉に拓也はキッと拓也≠睨み上げる。
「意味がないなんて勝手に決めつけるな!」
「どうせその内に思い知るさ」
 自分を睨みつける拓也がまだ希望を捨てていない目をしているのを見て、気に入らないと鼻を鳴らした。
 それよりも。と拓也≠ヘ外を見た。いまだにたくさんのデジモンたちが逃げ回っては、あの巨大デジモンに食われるという地獄絵図が広がっている。
「早く儀式終わらせて、またリヴァイアモン封印しないとなぁ」
 それを聞いて、拓也たちはやっとあの巨大デジモンの名前を知った。そしてあのデジモンが拓也≠ニヴァンデモンの差し金だったという事も理解した。
「……どうして?」
 ふらりと友樹がメルキューレモンのデジタマを抱えたまま立ち上がる。彼の問いは拓也′けられていた。
「どうしてこんな酷いことするの?」
 あんなデジモン暴れさせて、沢山のデジモンを殺して、チャックモンを……十闘士をデジタマにしてまで何がしたいの?
 友樹は、今にも泣きだしそうな目をしていた。
 拓也≠ヘそんな友樹の目を冷たく一瞥して「世界の統合」とだけ答える。もちろんそれだけでは何のことだかわからない。彼はこれ以上答える気が無いようで、続きはヴァンデモンが引き継いだ。
「この世界と、空に浮かぶ4つの世界をこのコアによってぶつけあい、破壊し、再統合し、世界を支配する。それが私たちの目的だ」
 つまりは世界征服。そんなことの為に、こんな戦争を引き起こして沢山の命を奪ったというのか。
 これほどの怒りを感じたのは何時ぶりだろうかと、拓也はギリッと歯を食い縛った。腸が煮えくり返るような激情のままに拓也が口を開いた。

「ふざけないで!」 

 しかし、拓也の言葉が出る前に、別の声が響いた。女の子の声だ。泉ではない別の少女の声。
 そしてその直後、光輝く矢が外からヴァンデモンに襲い掛かった。
 後ろに跳躍してそれを避ける。そしてヴァンデモンは楽しげに口の端を上げ、「まさかここでまたお前に会えるとはな」外に向かってそう言葉を投げると「私は会いたくなかったわ」と今度は女性の声が返ってきた。
 断末魔に混じって外から風が吹き込む。ふわりと現れたのは、オファニモンを彷彿させる、8枚の羽根を持った女性型の天使デジモンだ。
「話しは全部聞かせてもらいました!あなた方はリリスモンの仲間ですね!」
「許さんだぎゃ」
「……つくづく、ヴァンデモンとは因縁がありますね」
「ホンマですな」
 次いで現れたのは3人の少年と2匹の小さなデジモンを背に乗せた赤い昆虫型のデジモン。その後に続くのは少女を二人乗せた、頭部から巨大な2本の角を生やしている巨鳥型デジモンだ。
「ヴァンデモン、知り合いか?」
「あぁ」
 様子を見る限り相当因縁深い相手たちなのだろう。
 天使型デジモン、エンジェウーモンと巨鳥型デジモン、アクィラモン、そして巨大な昆虫型デジモン、アトラーカブテリモンはヴァンデモンから拓也たちを庇うように前へ降り立つ。
 乗っていた子供たちが下りると同時に、3体のデジモンはヴァンデモンに対して戦闘態勢を取った。
「……私を呼んだのは、あなた?」
「え?」
 アクィラモンに乗っていた髪の短い少女は、真っ直ぐに友樹を……否、正確には友樹のデジヴァイスを見て問い掛ける。もちろんその少女のことを知らない友樹たちには訳がわからない。
「そう、チャックモンって言うの」
「君は……!」
 そう友樹が口を開いた時、激しい崩壊音とともに城が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「リヴァイアモンが!」
 外を見ると先程よりもリヴァイアモンが城に近づいている。攻撃が城にまで及んだのだろう。ガラガラと絶えず響く音に、この城はもう長く持たないとわかる。
「ちっ!これだから理性がないデジモンは!」
 崩れ始める部屋に拓也≠ェ悪態をついた。
「ここは危険です!脱出しましょう!」
「貴方たちも!」
 アクィラモンの一声に長い髪の少女が、近くにいた泉と輝一の手を引いてアクィラモンに乗せる。少女と友樹はエンジェウーモンに抱えられ、アトラーカブテリモンには拓也と輝二と純平と3人の少年が乗った。
「次こそ、この因縁を断ち切る……っ!」
 エンジェウーモンはそうヴァンデモンを睨み、踵を返してアトラーガブテリモンたちと供に空へと飛び立った。

「追わなくていいのか? 因縁のある相手だろ?」
 拓也≠ヘ飛び去っていく彼らを一瞥して、ヴァンデモンに目を向ける。城は崩壊を続けていた。ヴァンデモンは「メインディシュは最後までとって置くものだ」とさして逃げられたことは気に留めていない。ちっ、と舌打ちする拓也≠ヘ不満気だ。
「気に入らねぇ……」
 眉間に皺をよせ、先程の拓也の目を思い出す。
「希望なんてねぇんだよ」
 すでに点に見えるまで離れた彼らへと投げかける。
 拓也≠ヘコアを握りしめた。

「絶望を、見せてやる」


*******


 背後を振り向くと、城はだいぶ遠ざかっていた。リヴァイアモンの振り回した尾が、再び城に叩き込まれる様子もハッキリと見てとれる。まだもたもたとヴァンデモン達を相手にしていたら思うと、光子郎は背筋を凍らせた。
「助かったよ、ありがとう」
「Grazie mille! 」
「ぐらつぃえみーれ……?」
 泉の言葉に長髪の少女、京は首を傾げる。「ありがとうの意味よ」、と説明されると慌てて「どーいたしまして」と返した。
「うわっ!君、熱が出てるじゃないか!」
「え、平気だってこのぐらい」
「大丈夫な訳ないだろう!」
 眼鏡の少年、丈に咎められて、拓也はぱちくりと目を瞬かせる。
 そんな拓也を尻目に、輝二は口を開く。
「これからどうする? コアはあの拓也≠ノそっくりな奴に取られてしまった」
 早く取り戻さないと。犠牲になった十闘士たちの為にも。
「とりあえずは安全な場所をさがして、体勢を立て直さないとなぁ」
 と、純平が言うも今の拓也たちに戦う術はない。スピリットこそ手元にあるものの、肝心の十闘士はデジタマになってしまった。
「……貴方たちも選ばれし子供なのですね」
 一番小柄な坊主頭の少年、伊織にそう言われ、拓也たちは首を傾げる。選ばれた子供というのは、スピリット継承者のことだろうか? しかし「貴方たちも」とはどういう事だろう?
 そう考えていると、背後から凄しい轟音が響き渡る。何事かと振り向くと薔薇の明星……先程まで拓也たちがいた場所から真っ直ぐに光の柱が天へと伸びていた。
「な、何だ!?」
 それはリヴァイヤモンすらも呑みこみ、猛スピードで広がっていく。
「っ! アトラーガブテリモン!もっとスピードを!」
「わいも急いではるんですが……」
 その光景に既視感を感じた赤茶の髪の少年、光子郎は叫ぶ。しかし、6人も乗せているアトラーガブテリモンはこれ以上のスピードを上げられない。
 言っている間に、光はぐんぐん速度を上げ、彼らのすぐ背後に迫る。

「くるぞ!」

 悲鳴。衝撃。
 そして視界は真っ白に染め上げられた。




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